5.〜貴方で埋め尽くされた頭の中〜
付き合い始めて、初めてのデートは図書館。
学校ではなく、県立図書館へ行きお互いに数冊借りて昼食は公園でパンを購入して食べて。
その後は、柳の家を訪れた。
初めて訪れる柳の部屋は、彼らしいとても綺麗な部屋で。
「なんか、柳先輩らしいですね」
「そうか?」
「はい。とっても、落ち着きます」
柳の用意したお茶を飲みながら、借りて来た本を静かに読み始める。
それが、2人の出したデート案だった。
つばさは、借りて来た本を読み始め。
しばらくたった頃、柳が徐に動き。つばさを自分の膝の間に座らせて、抱き締めた。
その突然の行動に、つばさは驚きを隠せず。
「や、や、や、柳先輩?!!」
「どもりすぎだ、つばさ」
「ひゃぅっ!!」
耳元で、囁くように柳が言えば。
くすぐったさと、突然の行動に驚いて本を落としてしまう。
柳は、つばさが落とした本を拾い上げるとそっと机の上に置いてしまう。
「あ、あの?」
「つばさ、名前で呼ばないか?」
「え?」
「名前で、呼んで欲しい」
囁く声は、掠れていて妙に艶っぽさがある。
「ほ、本を読まないんですか?」
「それは、後ででも構わないだろう?つばさ、俺の問いに答えは?」
「え、えっと・・・。その、ですね?」
「何だ?」
「と、とりあえずこの体制は何とかなりませんか?」
「何か問題でも?」
「い、色々とあると思うんですけど」
「ふむ。それなら、つばさが名前で呼んでくれるのなら、離れるが」
「あ、あくまで名前で呼べと?」
「恋人なのだから、普通であろう」
柳の言葉に、瞬時に首まで赤くなるつばさ。
確かに、あの月の綺麗な夜に想いを告げられ返し。
そうして、晴れて付き合うようになった。
だが、しかし。付き合うようになったとは言っても、特段何かが変わった事は何もなかった。
「何も、変わってないと思うのは自由だが。実際は、つばさが本に気を取られすぎなだけだ」
「ええ、そうですか?」
「ああ」
「う〜ん。でも、柳先輩はテニス部でしょう?帰りも遅いですし、待ってるのはイヤじゃないですけど」
「そうか。確かに、待っていてくれるのはありがたいし。嬉しいが、しかし問題にしているのは、そうじゃない。つばさは、俺が声を掛けても本を読んでいる時は集中していて、気が付かない事が多々あるからな」
「うっ、それはごめんなさい」
集中力がある。といえば、いいのか。
つばさは、確かに本を読んでいる時は周囲の声が届きにくくなる。
それを、柳は指摘していた。
「まあ、別にいけないワケでないがな」
「そう、ですか?」
「ああ。さて、話題を逸らそうとしてもムダだ。名前で呼ばないと、いつまでもこのままだぞ?」
「ううううう、柳先輩って結構意地悪ですよね」
「そうか?そんな事はないと、思うがな」
「意地悪ですよ」
「ふむ。まあ、善処しよう」
「じゃあ」
「しかし、それとコレは別問題だな」
「・・・・・・ぃ」
「聞こえんな」
「き、聞こえてるじゃないですか!!」
「いや、聞こえてないぞ?」
「うーーーーー。蓮二先輩!!」
「ああ、何だ?つばさ」
半ばヤケクソのようにつばさが名前で呼べば、嬉しそうに。
至極嬉しそうに、柳が答える。
そろりと振り向けば、そこにはうっすらと瞳を開けて真っ直ぐに見詰めてくる柳の瞳。
満たされるのは、心。
それまでの笑顔とは、どれとも違う。
本当に、嬉しそうな幸せそうな柳の笑みにつばさも釣られるように笑みを浮かべる。
それまでは、どうやってこの腕の中から逃れようかで一杯だったが。
今、この時。
つばさの脳内は、柳の事で一杯になった。
本の事でもなく、逃げる事でもなく。
目の前に居る、柳の事で。
「大好きです、蓮二先輩」
「ありがとう、つばさ。俺も、好きだ」
そんな、ある休日の午後。
柔らかな日差しが、部屋の中に入り込む中。
2人は、満たされた幸せをかみ締めあう。
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