4.〜終わらない恋になれ〜
本の宅配便を行うようになって、距離が縮まった。
一緒に帰る事さえ、あった。
近付きすぎて、分からなくなる。
自分との関係は、一体なんなのであろうか。
青白い月を見上げながら、ぼんやりとつばさは考え込む。
一つ年上の柳蓮二は、掴み所がなかった。
一緒に居て、会話をしていて嫌われていない事は分かる。
けれど、それ以上の事は分からない。
どう考えても、それ以上の関係に踏み込む事が出来ない。
この想いを告げてもいいのか、その判断すら迷ってしまう。
曖昧な、曖昧すぎる関係は細い糸で繋がっている。
簡単に、切れてしまう細い糸。
「好きと、簡単に言えたらいいんだけど」
溜息と共に、言葉が零れ落ちる。
言えるのかもしれないが、その先が読めない事がつばさにその言葉を吐き出す機会を失わせる。
このままで、いいと思ってしまう。
ぬるま湯に浸かった、幸せ。
そんな、酷く曖昧な幸せ。
それを打ち破ったのは、一つの電話だった。
「はい」
−夜分遅くにすまない
「いえ、大丈夫ですよ」
−そうか。ああ、今日は月がとても綺麗だな
「そうですね。柳先輩も、今見てるんですか?」
−ああ。如月も、見ているのか?
「はい。私、月とか神秘的なモノが好きなんですよ」
それは、酷く曖昧な抽象的なモノ。
けれど、つばさは夜空や月。
神秘的なモノを眺めるのが、好きだった。
−そうか
「はい。あ、すみません。何か、用事だったんですよね?」
−用事とういか、如月は夏目漱石を知っていたな
「はい、柳先輩程ではないですけど」
−ふ、俺もそこまで詳しいワケではない
「そうですか?でも、結構色々と読んでますよね」
−まあ、そうだな。ところで、如月
「はい?」
−夏目漱石が、英語の教師をしていたという事は知っているか?
「はい、知ってますよ。というか、知りましたって方が正しいですけど」
柳の意図は読めないながらも、柳の影響により夏目漱石の本は大方読んだつばさは静かに答える。
相変わらず、頭上には月が浮かんでいた。
−そうか、それではその夏目漱石が訳した有名な言葉は、知っているか
「ええっと」
−月が綺麗ですねと、訳した英文だ
「知ってます、けど」
−その原文を、如月は受け取ってくれるか
「え?」
−月が綺麗ですね
耳に届く、低く落ち着いた声がつばさの全身に熱を灯らせる。
柳の言葉の意味は、どこにあるのか。
それは、原文にあると。
とても、とても簡単な言葉。
−如月を知ったのは、図書館で本を取ろうとしている姿だ。そこから、本の手続きをして貰うのに、態度が違う事に興味を覚えた。そうして、そこから如月と繋がりを持つ事が出来た。しかし、その繋がりはあまりにも細い繋がりだ。もっと、明確に太い繋がりが欲しい。
「や、なぎせんぱ・・・・・い?」
−明確に、伝えた方がいいか?
「本当ですか?」
−こんな事をウソ言う必要は、ないと思うが
「そう、ですね。私も、柳先輩に一ついいですか?」
−ああ、何だ
「わたし、死んでもいいわ」
静かに、静かにつばさが口にする。
それが、答えだった。
図書館という場所が繋いだ、2人らしい言葉。
『I Love you』という言葉を、夏目漱石と二葉亭四迷の訳で伝え合う。
月を見ながら、つばさはこの恋が終わらないモノになればいいと静かに願った。
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