きっともう最後だ、先を越されるのは。そう思って何度。そのてのひらを掴み損ねたのだろうか。
真太郎くん。先輩のオレを呼ぶ声はいつだってまっすぐで、きれいで。そして少しだけ、意地悪だった。告白してきたときは真っ赤になって挙動不審の変な女だったのに。今では話しかけるのも手を繋ぐのもデートに誘うのも、躊躇わずにどんどんと進むものだから、ああ、これがこいつの本性だったのかと。気付いてそれでも抜け出せなくなったのは、決してほだされたからではないと云っておこう。
少しでもオレとの時間を取ろうとしてくれる先輩は、夜遅くまで続く自主練にも構わず、毎日オレの下校時刻に合わせて体育館へと訪れる。


「真太郎くんって、バスケしてるとき以外は案外普通の男の子だよね」

「それはどういう意味ですか」

「さあ、どういう意味だろうねえ」


並んで歩くその横で、意地の悪い顔をして先輩は笑った。
笑顔で隠されたその真意を、オレが汲み取れないわけがないのだよ。思っていても、その通りには動けないわけで。次こそは次こそは、と思う頭とは裏腹に、固まった右手は動いてはくれない。あと数センチ。その距離がいつも埋められないでいるのだ。
情けない男だと、そう思われるのだけはごめん被る。





真太郎くんは、焦っている。
珍しく口数が多く、私のとんちんかんな発言にいつも入るはずのため息はなく、上の空。私の左手ばかりを見つめている。そんなに見つめられると、恥ずかしいのだけれど。
知っているよ。真太郎くんがこの左手を繋いでくれようとしていること。知っていて鎌をかけたりしてしまう私は、悪い彼女かな。


「別に急いだりしなくていいよ」

「は?」

「私ずうっと真太郎くんのこと好きだから」


上の空でも、ちゃっかり車道側を歩いてくれるところとか、短い私の足に合わせて歩幅を狭めてくれているところとか。わかりにくいけれど、笑ってくれるところも。君のそういうところ、好きだなあ、私。
だから、手を繋いでくれなくとも、愛の言葉を紡いでくれなくとも、私の真太郎くんへの愛は変わらないよ。安心して、ゆっくりおいで。ここまで。いつだって、手を広げて待ってる。
雲ひとつない空から、月が私たちを見守っていた。頭一個半分高い位置にある真太郎くんの顔は、逆光でよく見えない。けれどとびっきりの笑顔で云ってみせた。いっこしか変わらないけど、年上のプライドってやつかもしれない。
そんなことをのんきに考えていたら、今まで固まっていたはずの真太郎くんの右手が動く。ぐい、と引っ張られれば、私の体は簡単に傾いてしまうのだ。





急いだりしなくていいだと?ふざけるな。
いつものように気の抜けた頭の悪そうな笑顔でこちらを見た先輩がオレにくれた言葉は、それはもうオレの自尊心を逆撫でするものだった。これも鎌だと云うのか。それなら、見事だな。お望み通りオレはのせられた。
見開いた目も、のんきな顔にも、お構いなしに右手で力一杯引き寄せて、その唇をふさいでやる。告白されるのも、手を繋ぐのも、デートに誘うのも、先を越された。これまでしてもらったのでは、オレの自尊心が許さない。男のプライドなど、オレには関係ないと思っていたのだがな。


「…おお」

「なんですか、その惚けた顔は」

「だって、まさか。ねえ?」

「あまり、オレをなめてもらっては困るのだよ」


口角を上げて笑ってみせれば、ぽかんと口を開けた顔で固まっていた。どうやったら、そんな顔ができるのか不思議なのだよ…。
これっばかりは譲れないと、背伸びをしすぎたのかもしれない。髪に隠れた耳が熱くてしょうがない。だが、その唖然とした顔。嫌いではないな。
固まった先輩を置いて歩みを進めるオレの腕に、どん、と柔らかいものがぶつかった。どうやら先輩が飛びついたらしい。そのままの勢いで顔を上げた先輩は、満面の笑みでこう告げた。


「真太郎くん! もう一回っ!」

「……仕方がないのだよ」





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120823/梅

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