INDEX / MAIN

鴉と花環


鍾会が目隠しをさせた、人を突きだした。その人は後ろに手を束ねられ荒縄で縛られているようでドサリと全体重が地面に、落ちた。口も塞がれているようでモゴモゴと何かを言いたげにしているようだが、言葉は発せそうになかった。「やれやれ、私に手を汚せと言うのか?なんて面倒な事を押し付けてくるんだ、これだから、英才教育を受けていない下賤な輩は嫌なんだ」鍾会は酷くけだるそうにしていて、これから行う事柄に関しては手を汚すと自分の体裁だけを考えていた。剣を構える。だが、それも数秒間の間だけであった。直ぐにカランカラン、と軽い音を立てて、それは落ちた。握っていた鍾会が落としたのだ。そして、芋虫の様に這いつくばっている男の腹を蹴った。「むぐっ!」「はっ、まるで手足のない、そう……芋虫の様だな」哀れむようにそう吐き捨てた。



「鍾会殿」「あー、お前か。こんな所までご苦労だね」一応同僚である、ナナシに会釈をした。高圧的な態度だったが、ナナシは気にする様子も無く逆にいたわるような言葉をかけた。「鍾会殿こそ、お疲れ様です。捕虜は使えないので殺せとの命……でしたが、まだのようですね」そう言ってもぞもぞと動いている芋虫の様な男を見下ろした。その目は心底冷え切っていた。どうやら、この男は捕虜だったらしいのだが、使えないとの事で、殺せとの命が下ったらしい。それも、その役割が鍾会に回ってきたのだから、鍾会も内心では、嫌々だった。自分の手は栄光を掴む為、または、英才教育で培った知恵で作る戦略などで使うまでであって、捕虜を殺すための手ではない。



なので、この捕虜を殺せとの命は酷く不服だった。何故私が。と抗議もした。だが、他に手の空いている武将がいなかったのだ。野心はあれども一応は、仕えている身である鍾会。断ることは出来なかった。渋々だが受けて、渋々だが、それとなく痛めつけて何も出来ないでいる男を哀れんでいた。そこに現れたのが同僚であり、武将であるナナシである。鍾会は、また面倒な女が来たな程度に思っていたが、薄らぼんやりとした思考を巡らせればこれは絶好のチャンスだと気が付いた。



ナナシはまだ鍾会の思惑には気が付いていない。されど、その嫌な役目は着々とナナシに巡って行っていた。「おい、ナナシ」「はい?」まだ、何も知らないナナシはどうしたのだろうと、目をまあるくさせて、鍾会を見つめた。そして、漫ろ笑みを浮かべた。こんな色気もへったくれも無い所で何があるのだろうと内心どぎまぎしながら、鍾会の言葉を待った。「お前は戦場に出ているよな?」「?は、はぁ。当然ですよ。武将ですよ、武将!」そう言って心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。詰まりは怒っているのだ。鍾会もそれを聞いて安心したようにニッと悪い事を考えている時の顔をした。



「ナナシ、お前がこいつを始末してくれないか?」「えっ」弾かれた様に体をビクンと跳ねあがらせた。鍾会がこいつだよ、こいつといって、また男の腹を全力で蹴りあげた。「うぐぅ!」威力は、戦場にまだ出ていない鍾会の蹴りだったので、普通の武将に蹴らせるよりかは威力が落ちるがそれでも男の蹴り、何度も全力で蹴れば、腹に収まっている臓物の一つや二つ、いかれても可笑しくは無いだろう。痛がる男に冷笑を浮かべて「お前は戦場に出て、その武を振るい人を切ったことがあるな?」「……まぁ、そりゃ当然ですよ。武将ですから、切らねば切られるか死ぬか殺すか、どちらかですから」そう、やるかやられるかの両極端である。或いは負傷するか。



「ならば、この男一人切ったところで血で汚れきった手は、それ以上汚れまい。私は人を切ったことが無い。だから、代わりに切ってくれ。聞いておくと得だぞ。何せ英才の誉れ高き、鍾士季が命じているのだからな!」何処までも上から目線な男である。ナナシもはぁ、と溜息を吐いて。「汚れきっているとは失礼な」「事実嫁の貰い手も居ないだろう?」と場所も弁えずに話す。「まぁ……それは、」事実だった。まだ、行き遅れと言うほどでもないが、武将という立場上、戦場に出るのが役目で嫁だの婚姻だの、考えたことも無かったのである。「わ、私が……その、考えてやらなくもないから、さっさと切ってくれ。直接手を汚すのは嫌なんだ!」



二度目の溜息の後に「わかりましたよ……鍾会殿」そう言って落ちていた剣を握り足で押さえつけた。男は必死に抵抗したが手足が縛られている状態では、無駄な抵抗であった。ナナシはそのまま男の首を躊躇いも無く掻き切った。プシャッ、首から血飛沫が空を舞った。それは一種の芸術作品の様でもあった。いとも簡単に事が行われたことに鍾会は少し恐れをなしていた。「お前……殺すことに何の躊躇いも無いのだな」「鍾会殿がやれと悪い顔をして言ったからやったまでですよ」そう言って、ナナシも悪い顔をした。この中で一番の悪人誰だ?

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -