朝起きたら、隣で檸檬が寝ていたのには流石にちょっと驚いたが、叫び出すほどのことでもない。誰だかわかれば納得できるし、気持ちよさそうに寝ているので叫んだり暴れたりして眠りの妨げにならなくて良かったと思う。
檸檬を起こさないようにそっとベッドから出て、身支度をしてキッチンに立つ。檸檬がいるから、昨日の残りじゃなくて、なにか作りたい。冷蔵庫を確認する。卵が余っていて、食パンが冷凍されている。よし。
朝食の準備をしていると、寝室からのそりと起きてきた檸檬は欠伸をしながら「早いな」と言った。ゆっくり近付いてきて、朝食の用意をする私の頭に顎を載せる。

「おはようございます」
「ん」

「おはよう」また欠伸をしながら言う。瞼が重そうで、今にももう一度眠ってしまいそうだった。けれど、移動すると、しっかり後ろについてくる。器用な人だなあ。
ボウルに入れた卵を塩と胡椒、マヨネーズとあえている。檸檬は私の手元をぼんやりと見ている。頭が肩に移動していて、いつにも増して外側に拡がった彼の髪が、頬に触れて擽ったい。
具を多めにいれて、食べやすいようにざっくりと切った。私は少しトーストするのが好きだけれどーー。「檸檬」「ん?」呼ぶと、彼は私の頬と自分の頬をぴとりとくっ付けて、大きな猫のように擦り寄った。

「サンドイッチ、少しトーストしますか? このまま食べます?」
「マスターのオススメをくれよ」
「かしこまりました」

トースターにサンドイッチを入れる。お湯が湧いたので、コーヒーを二杯作った。私がお湯で割っていると檸檬が「俺も」とカップを近くに滑らせてくる。「はい」そうこうしている間にトースターが高い音を立てた。我ながら完璧なタイミングだ。意識を体の中心に集めるような、コーヒーの香ばしい匂いが部屋に満ちて、檸檬はようやく、私の肩から顔を上げた。

「檸檬、」

できましたよ、と。ミルクと砂糖いりますか、と。そんなことを聞こうとしたが、檸檬がとても上手く私の唇を自分の唇で塞ぐものだから、その一瞬、空気を外に出すことさえできなかった。唇を離すと、檸檬はにやりと笑って自分の唇を舐める。

「レモンの味、したか?」

そう言えば最近、そんな話をしたような。

「……なんでファーストキスだって知ってるんですか」
「えっ」

しまった。失言だったかもしれない。けれど、顔は赤いだろうし、これ以上取り繕いようがない。男性経験がないことくらいバレていただろうが、この歳になって真面目な顔でファーストキス、などと言うのは恥ずかしいことである気がした。
せめて笑ってくれたら、と思いながら顔を上げると、檸檬は、私が思うよりずっと幸せそうに笑顔を作っていた。

「ふうん。そうか。はじめてだったのか」

無邪気だ。イタズラを成功させた子供のようなのに、今にも泣き出してしまいそうな笑顔でもある。私はただ驚いて目を見張るばかりだ。私より早くいつもの調子に戻った彼は言う。

「もう一回してやろうか。あれだけじゃよく分からなかっただろ?」
「あ、ああ、いや、あの、とりあえず、ですけど、」

さっきまでの絶妙な感じの雰囲気はどこへ行ったのか、あるいは、彼も照れているのか、がしりと遠慮なく私の頬を両手で挟み、にやにやしている。近付いてくる前に、檸檬の手の上に私の手を重ねた。

「朝ご飯を、食べましょう」

折角トーストしましたから、あったかいうちに。コーヒーも淹れたてですよ。檸檬は私の言葉を聞くと「ああ」と真面目な顔で改めて状況を確認した。「それもそうだ」それが今、一番大切なことだな。


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20210410 遠慮はないけど、受け入れられ過ぎたら怖いこともあろうなと思います…
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