「蜜柑と檸檬がリンゴをつつくって言うのは、なんだか、いじめているみたいだな。寄ってたかって果物界の人気者をよ」

今日は珍しく二人揃って遊びに来た。彼らは私が料理を作るタイミングを熟知しているようで、毎回おやつがある時に現れる。今日のはアップルパイだ。
蜜柑は答えずに黙々と食べているので、夕飯の準備を進める私が話し相手になる。

「レモンもミカンも人気ですよ。大抵どこのスーパーにもありますし」
「とは言うけどな。いいか。リンゴは強敵だ。なんと言ってもキティちゃんはリンゴ贔屓だろ。それだけで国民の五割は理由もなくリンゴを推す」
「いくらなんでも大きく見積もりすぎだろ」
「いいや妥当だ。蜜柑。おまえはサンリオの力を甘く見てる。文字ばっかり読んでるからそうなるんだ。たまにはアニメを観ろよ、アニメを」

耐えきれずにツッコミを入れたせいで不当に呆れられている。蜜柑は自分の言動を後悔しているようで、肩をすくめてため息をついた。私はと言えば玉ねぎをみじん切りにしながら至極真面目に議論に戻る。

「ミカンには炬燵っていう大変なバックボーンがついてますよ。日本国民ならほとんどミカンに炬燵の組み合わせに異論はないはずです」
「最近はアイスって勢力もあるだろ」
「レモンも結構凄いですよ」
「ミカンよりもか」
「ほら、レモンはあれです、ファーストキスはレモンの味っていう都市伝説。日本全国の純粋なティーンエイジャーが強力に支持してますよ」
「それはレモンが支持されてるわけではないだろ」

どうやらどうしても黙っていることができないらしく、また「異議あり」と檸檬に噛みつかれている。「異議を却下します」蜜柑は優雅に紅茶を啜り、私に向かって「美味かった」とアップルパイの感想をくれた。「ご馳走様」趣味の一環で、一人で楽しんでいた時も良かったが、他の人に食べてもらえるのも嬉しいものだなと改めて思う。

「ところで晩飯はなんだよ?」
「おまえはここに来ると食うことばかりだな。少しはなまえの手伝いをしたらどうなんだ」
「蜜柑。おまえが見てないだけでな。俺は結構役に立ってる。今となってはこの家の食費の半分は俺が出してるぜ」
「おい、こんなこと言ってるが本当か」

「うーん」檸檬は最近、ここへ来る前にスーパーに寄って(自分が食べたいと思われる)食材と多少のお菓子を持ってやってくる。そして私が買い物に出ると必ず支払いを持ってくれるので全体で見ると大分浮いていることは確かだ。「上手くすれば半分以上負担してもらってるかも」私が言うと、蜜柑はなんてことだと目を丸くして、「五割増で迷惑を掛けている、の間違いじゃなくてか」と確認してきた。

「助かってます」
「ほらみろ、聞いたか? 俺はなまえを助けてるんだよ。蜜柑がどうかは知らないけどな」
「俺はな。お前みたいに食い物を当てにしてきてるわけじゃない。場所を借りてるわけだからな。家事手伝いは一通りやってる」
「なまえの作るもん楽しみだろうが」
「誰も楽しみじゃないとは言っていない」
「まあまあ、落ち着いてください」

「けどななまえ」声が揃った。このままでは収まらない。なにか二人の気が逸れるものが無かっただろうかと考える。「ああそうだ」私は大袈裟に手を打って、ぱたぱたとキッチンから出て行った。鞄の中に入れっぱなしになっていたプレゼントを握り込み、ストラップだけ外に出るように持つ。
来た時よりも急いでキッチンに戻ると、二人がじっと私の動向を見守っていた。「はいどうぞ!」ミカンとレモンのアクリルキーホルダーがついた鍵を一本ずつ二人に渡した。

「二人にこれを渡したくて。忘れないうちに渡しておきますね」

彼らは手のひらの上に転がってきた鍵をまじまじと見つめている。
無言だ。不安になってきたところで「これってよ」檸檬が沈黙を破ってくれた。すかさずそれに続く。

「家の合鍵です。外で待たせたり、迎えに来てもらうのも悪いですから、適当に上がって待っててください。何か食べたら教えておいてくれると嬉しいです」

また無言だ。静かすぎて、しいん、という音が聞こえる気がした。原因は明らかに私にある。

「あ、あれ? いりません?」

見当違いなことをしただろうか、羞恥心で顔が熱くなってきた。熱すぎてちょっと泣きそうだ。私の姿を哀れに思ったのが、二人は立ち上がり、同時に前に出る。あまりにも同じ速度、同じ移動幅だったのでぶつかっていた。

「檸檬、ちょっとあっちで遊んでろ」
「ああわかった。三秒で済むからその手を離せよ、蜜柑」
「おまえが離せ。俺はなまえに用がある」
「ふざけんな。俺の方がなまえに用があるんだよ」

なぜこうなったのかは不明だが、不穏であることは確かで、申し訳なさが加速する。

「え、わ、渡さない方が良かった……? ひょっとしてかなり重たいとか……?」
「重くねえよ。なまえ。頭撫でてやるからこっちにこい。ほら、蜜柑も撫でてくれるってよ」

二人は一人で私の前に来るのを諦めたようでその場に留まり、私が行くのを待っていた。早くいつもの空気感に戻したくて、縋るような思いで近寄った。檸檬と蜜柑は宣言通り私の頭と顔を撫で回す。

「よし、夜中ソファで寝てたりしてもびっくりすんなよ」
「うん。大丈夫です」
「不審者と間違えて攻撃してくるんじゃないぞ」
「そんなのしたことないじゃないですか。大丈夫です」

髪が絡まるくらいにぐしゃぐしゃにされたが、私は笑っていたし、蜜柑も檸檬も楽しそうにしてくれていた。よかった。家に帰ってきたらどちらかが、あるいはどちらも居ることがあるのだろうかと想像する。帰る家に誰かいるのは久しぶりだから、とても楽しみだ。


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20210408
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