蜜柑はうちに訪ねてくるなり「檸檬の奴がこの間から相当に鬱陶しい」と言った。「ああ、うん……」とりあえず上がってもらって私はお茶を用意しながら蜜柑の出方を伺っていた。

「その様子だと心当たりはあるみたいだな」
「まあ、うん、はい」
「檸檬が俺の顔を見る度に、なまえと一緒に風呂に入っただの、ツイスターゲームをしただの、デートの約束をしただの、挙句の果てにはお前と寝たとまで言いやがるが」

虚偽と誇張表現が折混ぜられている。「ちょっと大袈裟になってますけど」概ね本当です、と言い切る前に蜜柑は、テーブルに二つお茶を置いた私の腕を引く。「俺はな、なまえ」蜜柑の腿を下敷きにしてしまったのではというくらい近くに座らせられた。

「別に檸檬の嘘を暴こうだとか、そんなことは思っちゃいない。ただな、ああもうるさいと、こちらも鬱陶しくなってくるし、黙らせたくなってくる。そこで相談なんだが、うるさい檸檬が羨ましくて悔しくて思わず口を閉じるようなことはなにかないか? なまえ先生」
「お、同じことしましょうか? 蜜柑先生」
「そういうのをな、二番煎じと言うんだ。覚えておけよ。学生さん」
「とりあえず、その話正確には、お風呂一緒に入ったと言っても私は服着てたし、寝たと言っても添い寝しただけですよ。ツイスターはやってないし」
「それもな。檸檬は勘違いされそうな言葉を使っておきながら、詳細をべらべら喋っていたから知ってるよ。だからまあ。それはいい。本当かどうかには興味が無いしな。檸檬とおまえがどう言う時間を過ごしたのかは、興味が無い」

嘘だ。興味がなければわざわざ家に来て、こんな風に私に詰寄る必要はない。「あー」蜜柑は私の手を取ると、自分の長い指を搦めて遊んでいる。「うーん」骨に沿って撫でてみたり、出っ張っているところをくるくるさすったり、擽ったくて体を捩る。蜜柑はするりと指を全部私の手と絡ませて、ゆっくりゆっくり私に近づき、私の肩に顎を乗せた。これは絶対にわざと「はあ」と、重くしっとりとした息をする。

「なまえ」
「はい!?」
「いいことを思いついたぞ」
「え!?」

空気までしっとりしてしまわないように、勢いよく返事をする。

「マッサージをしてやろうか」
「か、肩もみ的な?」
「いや。背中を触るちょっと本格的なやつだ」
「あ、整体的な」
「ああ、そうだな、近い」
「ええ……」

「うーん」蜜柑は相変わらず私の手をするする触っている。だんだん手首から腕に登ってきていて、不意に、きゅ、と腕の筋を押さえられてびっくりする。気持ちいいとかではなく先にびっくりしてしまったので蜜柑は不満そうである。が、不満気な顔のままその動きを続けた。慣れると気持ちいい、ような気がしてくる。なにより、このまま何もせず帰るわけにはいかないのだろう。

「相棒を労ってもらったからな。そのお礼だ」

蜜柑はそう、思っても無いことを口にした。



「それで蜜柑の気が済むなら……」なまえが本気を出せば、それなりに抵抗できるし、逃げることもできると思うのだが、なまえは大人しく、不安そうに静かになった。そう期待されたら気合を入れてやるしかない。
俺はなまえの薄いシャツの上から、律儀につけられている下着のホックを外してやる。

「うわあっ!?」
「なんだ。もうくすぐったかったか」
「いや、だって急に、」
「金具が当たったら痛いぞ」

我ながら経験者のような言葉だなと思っていると、なまえも同じように思ったのか少し笑っている。余裕そうなのを確認してから服の下に手を突っ込む。

「わあああっ!!」
「悪いな。少し冷たかったか。やってるうちに温まるとは思うが」

首筋から小さな背中を滑らせるようにして、下はギリギリ尻か尻でないかのあたりを親指で押す。オイルはないのであまり撫でると赤くなるかなと、ぼんやり考える。純粋な労いの気持ちはほぼなく、下心が八割と、檸檬への当てつけが二割だ。下心の、心の中身は実に様々なので、割愛する。今の感情としては、普段は落ち着き払っているなまえが慌てるので、気分がいい。檸檬は困らせただけだろうから、慌てさせるのはポイントが高そうだ。首から肩にかけての筋だとか、背骨だとかを揉んでやると、なまえの体から徐々に力が抜けていく。順応力が高い。

「気持ちいいか」
「いや、緊張で何がなにやら」
「おまえも緊張するんだな」
「しますよ。蜜柑や檸檬が来てる時は特に」
「俺たちを怖がってるようには見えないが」
「怖がってはないんですけど、こう、緊張するんですよ。嫌われたら嫌なので」
「こんな状況でな、あんまりかわいいことは言うものじゃないぞ。うっかり手が滑るかもしれない」
「静かにしてます……」

今日はそんなつもりは無いし、俺がなまえを好き勝手したことを俺は隠し通せても、なまえが言ってしまったら可哀想ななまえは檸檬にも好き勝手されてしまうだろう。それを思うとほどほどにしてやろうかな、という気持ちになる。ぐ、と親指に力を込めると、「ん」と小さく声が漏れた。

「蜜柑、それ」
「……これか?」

「んん」何故。と思う。こいつは俺や檸檬がどういう仕事をする人間か知っているはずなのに、どうしてこうも無防備なのだろう。いくらなんでも信用しすぎで、手放しに好意を向けすぎだ。だからこそ、俺達も気軽に信用しているところはあるが、それにしたって気が抜け過ぎではないか。

「…………気持ちいいか?」
「ん、はい、きもちいです」
「そうか」

どうしてやろうか。俺は心配になったり追加で悪戯をしたくなったりして頭の中が忙しい。こいつがどこまで許すのか気になるところではある。どこまでも許してくれてしまいそうで怖くもある。俺はなまえの腰のくびれているところを掴んでくすぐった。「わーっ!?」なまえは今までで一番大きな声をあげて俺の下から飛び出して行った。壁に背中と頭をぶつけて「びっくりしたあ!」と身体の前側を押さえている。

「逃げるな。脇もやってやるから」
「もういいですよ充分です! ありがとうございました! あ、そうだ! お礼に私もマッサージしましょうか!?」
「ふむ」

なまえを捕まえて、ベッドに座らせる。俺の言葉を怖々待つ姿につい悪戯をしたくなってもう一度服の下に手を突っ込む。前側からするりと後ろに回し、抱き締めるようにしてブラのホックを嵌めてやった。何事も無かったように言う。

「それなら、頼むか」
「ああ、はい。がんばります」

がんばります、と言い切る頃にはなまえも何事も無かったような顔をしていた。しかし、やや挙動不審で、そそくさと部屋を出ていこうとするので呼び止める。「待て」

「どこに行くんだ」
「色々用意と、下着を直しに」
「悪かったな。手伝おうか」
「あはは。絶対に結構です」
「残念だ」

本当に残念だ。俺が言うと、なまえは「本当に残念そうに言うのをやめてください」とよく分からないことを言った。暫くしてから、それは、『そう残念そうにされると好きにして下さいと言いそうになるから』という意味だったことに気がついた。本当に残念なことをした。
が、なまえのマッサージが思ったよりずっと本格的かつ気持ちよかったので、まあいいか、と思う。ああ、いつものパターンだ。


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20210326
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