なまえはふたつ並んだ位牌に手を合わせていた。七尾はそれを後ろで見ている。ぼんやりと、彼女は自分が死んでもこうして人並みの供養をして、悼んでくれるだろうかと考えていた。なまえが振り返り、無邪気に問う。

「七尾さんもお線香あげますか?」
「俺がそんなことしたら二人は怒るんじゃないかな」
「いや、たぶん、怒らないですよ。『遠慮せず一本やっていけばいい』とか言うと思いますけど」
「ええ?」

「殺されたことに対しても、きっと怒ってはいません」なまえは、あの日以降、こうして蜜柑と檸檬を供養して、毎日手を合わせている。本当にそうだろうか。そうかもしれない。なまえがそう言うのだからそうなのだ。

「君は?」
「七尾さんが戦って勝ったなら。まあ、そういうことなんでしょう。それをどうこう言うのは、彼らの死への侮辱だと私は思います」
「そんなだから君はただ泣くのにだって苦労するんだ」

七尾が苦笑するのを見て、なまえは位牌に向き直った。そうすることで思い知ることも多いはずだが、彼女はそうすることを選んだ。本当に強いな、と七尾は思う。「まだ、どうしていいかわかりませんけどね」笑うなまえは、そこに生きている、という感じだ。自分のなかで区切りがついたことの証なのか、七尾に蜜柑と檸檬の話をすることも増えた。
なまえは目を細めて、置いてある写真を見た。蜜柑と檸檬に挟まれて、楽しそうに笑うなまえがいる。蜜柑と檸檬もまた笑顔だ。男二人に対して女一人という図を変に捉えなければ、まさに、幸せな時を写真に残した、という素晴らしい一枚である。
あの笑顔はまだ、俺では引き出せないな。

「ところで遺影、君も写っちゃってるけど」
「これは、三人でディズニーランドに行った時の写真です」
「うーん。そうだろうね。シンデレラ城が見えるし」

言外にうるさい、と言われた。慌てて彼女に同調する。
二人で彼女の部屋を出て、ふらふらと外を歩く。最近のデートは専ら彼女が行きたい場所へ七尾も付いて行く、というスタイルである。
彼女は繋いだ手を大きめに揺らしながら教えてくれる。

「檸檬とはテーマパークとか、鉄道博物館とかよく行ったんです」

「へえ、そうなんだ」相槌を聞いているのかいないのかわからない。あくまでなまえは自由に、自分が喋りたいことを喋っている、という風だ。今日は天気がいいからだろうか、一際よく喋る。「蜜柑さんとはどうだったんだろう」そして、七尾から蜜柑、檸檬の名前が出ると、彼女は顔を輝かせて喜んだ。たぶん、七尾がどんな気持ちで蜜柑や檸檬の話題を口にするのかよくわかっているからだろう。

「蜜柑とは図書館とか美術館とか。静かな場所が多かったですね」

「でも一度、蜜柑とも遊園地に行ったことがあって」どの話を聞いても、なまえがどれほどあの二人との時間を気に入っていたのか痛いほどわかる。二人もまた、なまえとの時間を大切にしていたに違いない。これを言ったらなまえはいい顔をしないだろうが、丁度、今の七尾と同じように、大切に想っていたに違いない。

「君たちは本当に友達だったの?」
「友達でしたよ」

「恋人みたいなこともたくさんしましたけど」なまえは歩きながら空を見上げる。彼女には何が見えているのか気になって、七尾も空を見る。絶好の散歩日和だ。清々しい青が広がっている。

「例えばどんなことを?」
「それにしても、いい天気ですね」

同じことをしてみようか、と提案しようと思っていたが、それが透けて見えたのかもしれない。なまえは七尾の質問を聞かなかったことにして、まだ空を見ている。七尾は空を眺めることに飽きてしまって、なまえの横顔を見つめる。太陽の光が、なまえの肌で跳ね返って彼女の頬を白く縁取る。いい天気だ。なまえが五割増しでかわいく見える。「ああ」

「蜜柑と檸檬に会いたいなあ」

さらりと呟かれたなまえの独り言に、何も言えなくなってしまう。蜜柑と檸檬には会えない。七尾はなまえへかける言葉がなくなったので、ぎゅっと繋がる手に力を込めて存在をアピールしてみた。大丈夫、なんてあまりに軽いし、俺がいるから、なんて七尾にだけは言われたくない言葉だろう。黙りこくってなまえを見つめる七尾を見て、彼女は悪戯っぽく笑った。

「七尾さん。なにか面白いことありませんか」
「無茶振りするなあ」
「なにかひどいめにあいませんか」
「残念ながら、君といると普通の人間みたいな生活が送れるんだ。どうしてだろう?」

今日も何もなかったし、その前もなかった。警戒することを忘れてしまいそうなくらいなんだ。もちろん君といる時限定だけど。ここぞとばかりにたくさん喋ると、なまえは「あはは」と声をあげていた。そんなに面白いことは言っていないが、笑って貰えるといつも幸せな気持ちになる。

「それはたぶん、あれですよ」
「あれ? 不幸の女神は君が怖くて近寄れない、とか?」
「私がいつも、七尾さんになにかひどいことが起こらないかなあと考えてるからです」
「ひどすぎる」

七尾が全力で肩を落とすと「あはははっ」と一際大きな声で笑っていた。蜜柑と檸檬の前でも、こんな風に笑ったのだろうか。

「なまえさん」
「はい?」
「好きだよ」

全てを受け入れた彼女は、きゅっと口端をあげて目を細め、先ほどまでの無邪気な笑顔から一変、大人の女性の顔で笑う。挑発するように、試すように、――誘うように。首を傾けてなまえは応える。

「私も好きですよ」

見上げるなまえの額に自分の額をぶつけた。

「蜜柑と檸檬の次に?」
「蜜柑と檸檬の次に」

にっ、とまた悪戯っぽい笑顔に戻ったなまえは、七尾の手を引いて走り出した。人を避けて走り抜ける、訓練された足運びとルート取りだ。七尾の前で自分の持っている技術をひけらかし、隠すことなく、そこにいる。
明日死んだら、自分は彼女の三番目の男として生涯を終えられる。
こちらを振り返った彼女に笑い返す。うん。

「悪くないな」


------------------
20210417おわり! 読んでくださってありがとうございました!
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -