「女の子を喜ばせるプレゼント? 知らないよそんなの。自分で考えて」

と、真莉亜は言った。「その彼女は明らかに普通じゃないし」とも。そんなことはない。と思う。普通だ。普通のかわいい女の子だ。七尾は言い返しながら、もしなまえがこの言葉を聞いてくれていたら感動するのではないかと思った。そう、なまえは普通だ。ちょっと強すぎるだけで。
そういうところから着想を得て、変に気合を入れるよりも、花束なんかは案外喜ばれるかもしれない。という結論に至った。そうと決まれば花屋に入り花束を作って貰い(恋人に渡すのだと言って花選びは任せた)、いざ出来上がったものを受け取ると、だんだんと緊張してきた。
大丈夫。突き返されることはないし、花束ならば捨てるのも簡単だ。いつもはきちんと連絡をしてから向かうのだが、今日はそわそわしすぎて忘れていた。
彼女の家の前に来てから連絡をしていないと気付いたが、ここまで来てしまったら、事前の連絡に意味があるとは思えない。いつもはいる。今日もいてくれるといいのだが。いや、だが、自分の不運を考えると、今日に限って外出中で、三日くらい帰って来ないという可能性もあった。
どちらにせよ、インターホンを押してみればわかることである。
花束を抱え直してから、ドアの横に据え付けられているボタンを押す。中から音がした。不在ではなかったらしい。不在ではなかった。スムーズにいきすぎている気がして不安になる。どたばたと彼女にしては騒々しくこちらに向かってくる足音がしている。転がるような音だ。そんなに急ぐ必要はないのに。急がなくていい。そう声をかけようかと口を開くと。

「――――」

寝ぐせのついたままのなまえが飛び出してきて、目が合った。
力の限り玄関扉を開けたなまえは、全身が強張っていた。開いた目からはたくさんの感情が溢れている。「ああ」七尾の姿をきちんと確認した。表層に出てきていた感情は全部引っ込んで、泣きそうな顔で、身体から力を抜いていた。ゆっくり、肩が落ちる。

「七尾さん、か」

こんにちは、となまえは笑った。が、ふらふらと部屋の中に戻り、靴を履いたまましゃがみこんでしまう。顔を隠すように額を膝に押し付けて、腕で頭まで覆った。
七尾もなまえの前にしゃがみこむ。少し狭いが、なんとかなる。結構いいところに住んでいるんだよな。

「七尾さんだよ」

ごめんなさい、となまえはそのままの姿勢で言った。

「連絡が、なかったので」
「蜜柑か、檸檬かと思った?」

返事はない。こんなことは聞かなくてもわかっていたし、聞いて欲しくないと思っていたかもしれない。けれど、ここで逃してはいけない。なまえをこちらに引っ張り込みたくて喋り続ける。

「二人は死んだよ」
「知ってます。調べましたから」
「だから、帰って来ない」
「そもそもここは、あの人たちの家じゃない」
「遊びに来ることはもうないんだ」

意地が悪い。なまえは(あるいはお互いに)怒って、怒鳴ったり、近くのものをぶん投げたりしてもいいのに、やはり怒らず、顔を上げると笑みすら浮かべている。

「知ってます」

彼女は、笑っていた。そして恋人になってからいつもそうであるように、なまえは七尾に手を差し出した。この瞬間、二人きりで舞台にいるような気分になる。なまえは軽やかに役を演じる。

「七尾さん」
「なんだろう」
「今、ちょっと、何にも考えたくないんですけど、いい方法ありませんか」
「そうだなあ」

七尾は迷わずなまえの手を取る。なまえほど軽やかでは無いが、全身を使って感情を表現してみる。提案できることなどあまりないが、考える。
そしてなまえには、大女優を扱うように丁寧に触れる。腰に手を当て抱き寄せる。腕の中にいるのは、俺の世界を変えてしまった女の子。たった一人で、日々、どうにか、息をし続けている。

「俺のことだけ見て、俺のことだけ考えてくれるっていうのはどう?」
「やってみましょうか。ここには七尾さんしかいませんから、きっと簡単ですね」

手に持っていた花束の存在を忘れて抱きしめたせいで、花束が少し潰れてしまった。それが面白かったのか、なまえは普通の少女のように笑顔を見せてくれた。数秒だったが、不幸も役に立つことがある。


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20210416
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