なまえと会うのも三度目だ。
朝の、割合に早い時間に会って、それからふらふらと海辺を散歩した。恋人のようだと思うが、なまえは呼ばなければこちらを見ないし、常にどこか遠くを眺めている。海の向こうだったり、太陽だったり、とにかく、ここではないどこかに焦がれている。

「なまえさん」

痛くない程度に手を握る力を強める。タイミングが悪く突風が吹いたので、もう一度「なまえさん」と呼んだ。なまえは顔を上げて、にこりと笑う。七尾はどこまで踏み込んでいいかわからず、しかし、こちらから踏み込まなければ雑談すらままならない。

「もう、会うのも三回目なわけだけれど」
「そうですね、三回目です」
「俺の事を、どう思う?」

なんだそれは。感情が先走りすぎである。七尾は自分の言葉を他人事のように聞きながら、自分のことを哀れに思った。何を聞いてもきっと心から信じることはできないのに。そんなことを聞いて何になるのか。

「七尾さんのことは嫌いじゃないですよ」
「えっ、ほんとに」

「はい」笑みを深めて言うなまえの言葉を一瞬真に受けて、顔が緩むのを感じる。『嫌いではない』という表現が絶妙に本当っぽいからだろうか。空いている手でぱち、と自分の頬を叩いて顔を引き締める。叩いた衝撃で眼鏡がずれる。なまえはそれをみて緩やかに微笑んだ。雰囲気だけはとても良い。「どちらかと言えば」

「好き、かもしれませんね」

「まあ私は、私に優しくしてくれる人は、大抵好きなんですが」本気だと思った訳では無い。が、彼女は自分を心から嫌悪しているという風でもない。彼女の友達を殺した。彼女は多分一番大切な友達を失っている。ーー失ったのは俺ではない。死んだ人間をいつまでも悼んでいるのは難しい。
七尾はなまえをぐっと抱き寄せて、無防備な唇にキスをした。触れるだけのキスで、なまえには目を閉じる暇も与えなかった。なまえはやや驚いた顔をした。いつもの微笑に戻る前に、肩を掴む。
波の音が聞こえるばかりで、ほかの音はしない。

「俺は、こういう意味で、君が好きだ」

なまえはじっと七尾を見上げて、なにもかもを諦めたみたいに腕を広げた。

「……抱き締めてもらっていいです?」
「えっ、いいの」

なまえからの返事はない。しかし、七尾の聞き間違えでは無かったらしく、なまえの方から七尾の体にもたれかかってきた。慌てて抱きしめ、彼女の体を隅々まで堪能する。あたたかい。生きている。思ったよりも小さいし華奢だ。この役を、永遠に、俺が。

「俺の、恋人になってくれませんか」

どうしていいかわからない。彼女は言った。理解している。なまえは弱っていて、参っていて、寂しがっている。感情を持て余して、ただ言われるままに七尾に従っている。どうしていいかわからないから。そして七尾はと言えば、そこに付け込み、なまえの答えを待つ。きっと、なまえは、断らない。

「いいですよ」

風船みたいにふわふわと、所在なく浮いている彼女を捕まえてもう一度キスをした。唇は少し震えていて、何かを必死に耐えている様だった。彼女は、思い切り泣きたいんじゃないかと、本当は俺になにもかもぶつけて怒りたいんじゃないかと思った。
それはそれとして、なまえの『いいですよ』が頭の中で繰り返される。どうしよう。とんでもなく幸せだ。

「どこに行こうか」
「どこでもいいですよ。だってどこに行っても」

同じだから。と、彼女は笑った。


-----------
20210414
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -