彼女の目的について考えた。一番濃厚な線は『七尾に嫌がらせをする』為にデートの誘いに応じた、というところだろう。そう考えると、待ち合わせ場所にはいないのが自然である。
もしくはとんでもなく待たされるか。なんの問題もなく待ち合わせ場所まで行けたのは、これからとんでもなく待たされるからに違いない。そう、思っていた。

「予定より随分早いですね」

そう思っていたのに、彼女は一時間も前から待ち合わせの公園で待っていた。七尾に気がつくと文庫本をカバンにしまって立ち上がる。待ちぼうけを食らわされる可能性は消えた。綺麗さっぱりなくなって、逆に何もかもわからなくなる。彼女は何がしたいのだろう。

「何処へ連れてってもらえるんですか?」
「え、ああ。その前にちょっと」

彼女からは、初めて会った時と同じ柑橘の匂いがするし、オレンジと黄色のブレスレットも前のままだ。ただ、今日の格好を見ていると学生には見えない。七尾は咳払いをした。

「服、とてもかわいいね」
「……ありがとうございます」

これは、と、なまえは何か言いかけたがきゅっと口を閉じて頭を左右に振った。「いえ、ごめんなさい。なんでもないです」突っ込んで聞くべきか、なまえの言う通りになんでもない事にしておくべきか迷う。
結局七尾は頬をかいて「そう?」と流してしまった。「そうです」なまえはにこりと例の悪魔的に可愛らしい微笑みで七尾を見上げる。

「君が良ければ、時間もあるし、ゆっくり歩いて行くのはどうだろう?」
「いいですよ」
「よし。じゃあ行こうか」

ドキドキしながら手を差し出すと、彼女はそっと七尾の手のひらに自分の手を重ねた。今日は、重ねただけで、自分から握ることは無い。が、そこまでしてくれれば充分だ。七尾は難なく彼女を捕まえて、瞬きよりも早く指を絡めて歩き始めた。
難なく、なんて、久しぶりに使ったなあ。



散歩の途中で、なまえの基本情報をいくつか聞いた。
やはり学生ではなくて社会人らしい。一般人だと強調していた。何かこだわりがあるようである。一人暮らしをしていて、恋人はいない。別段募集しているわけでもない。

「なら、どうして俺に会ってくれたんだろう?」
「友達に会うのに理由はいらないと思いますけどね」
「それもそうか。君は正しい」

友達。なまえが自分を本当に友達と思っているのか疑問ではあった。というか、その発言については全く信用できない。大切な友達が二人、自分の知らないところで殺されている。そのうち一人は七尾が殺している。その七尾にデートに誘われて応じている。意味がわからない。なまえを見ていると、感情に任せて適当に動いている訳でもなさそうだ。七尾を手酷く振ってやろうと思っているのであれば、なんとか納得出来る。とてもじゃないが、友達とは思えない。

「美味しかった?」
「はい。こんなお店があったんですね」

何事もなく(本当に何事もなく)会計を済ませて店の外に出ると、なまえは目を細めて、改めて店の外観を確認していた。

「じゃあ、帰りましょうか」
「また誘ってもいいのかな」

写真を撮るように瞬きをしてから、なまえは、七尾の方を見る。なまえはずっと微笑んでいる。笑みを深めて、頷いた。

「どうぞ」

好意的な反応のはずだけれど、彼女の言った通りに、七尾が純粋に楽しめる瞬間はないし、彼女が落ち込んでいるとわかるのに、どんな慰めも見当違いだ。つらいのは七尾。

「ひとついいかな」

なまえは、素直に「はい」と返事をする。「どうぞ」

「君は、一体、何を、どうしたいんだい?」

七尾に会ってもとうとう何をするでもなく帰ろうとしている。皮肉や恨み言はひとつもなく、怒るでも八つ当たりをするでもなく、七尾と手を握って、まるで恋人のように振舞っている。それで、彼女は何を得るのか。

「これが復讐だって言うなら、やり方を考えた方がいいと思うけど」

何せ俺には嬉しすぎる。なまえが視線を向けるものを確認するのも楽しいし、質問に答えてくれる声も心地いい、手を握っていると、今、この女の子を独占しているという満足感が得られた。彼女の真意はわからないが、一緒にいられることは、ただ楽しい。不穏な気配もないではないが、なまえは七尾の隣に居る。
七尾の隣で、なまえがゆっくり口を開く。

「わかりません。一体どうしたらいいのか。教えて欲しいくらいです」

ああ。これは。きっと彼女の本音なのだ。七尾はなまえの肩を掴んで引き寄せようとするが、なまえはするりと七尾から距離を取ると、両手を後ろに回して、にこりと笑った。

「帰ります。ご馳走してくれてありがとうございました」
「どういたしまして。一人で帰るなら、気を付けて」
「はい。七尾さんも」

なまえはぺこりと頭を下げて歩いていく。七尾はその背中を見つめて、もう一度、「なまえさん」と呼んだ。が、その瞬間に近くのカラスが一斉に飛び立ち、なまえに声が届かなかった。


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20210413:がんば
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