寒い日のこと/紺炉


なまえが何年か振りに熱を出したらしい、と聞いて、若の面倒もそこそこに詰所を飛び出した。
なまえの長屋に行ってみると、風邪を引いたと言うのは本当で、大家に「紺さんが来たなら安心ねえ」などと部屋に通された。

「うわ」

ゆっくりと襖を開けて部屋に入った俺に、なまえはそんな風に声を上げた。

「……傷付く反応だな」
「え、いや、う、ううん、すいません、この度は大変なご迷惑を……、あ、そちら薬と昼ご飯ですかね……? これはどうもお手数おかけしてます……、伝染るといけませんのでそのあたりに適当に置いておいて頂ければわたくし後はなんとでも……」
「その変な照れ隠しをやめねえか」
「ごめんなさい……」

頭に乗せている氷がずるりと落ちたので、拾い上げて乗せ直してやる。大分溶けているから、後で新しいのに換えてやらなければならない。
すぐ隣に座ると、なまえは困ったような顔で俺を見上げた。

「ありがとう」
「構わねえよ。にしてもお前さんが風邪なんざ珍しいな」

前に体調を崩したのは確か、ヒカヒナと追いかけっこをしていて池に落ちた時か。懐かしい。その時もこうやって見舞にきたのを思い出す。
なまえも忘れているわけではないのだろう、「んん」と相変わらずの複雑そうな顔で唸る。

「いや……、まあ……」
「ん? なんだ?」
「なんでもない」
「なんで風邪ひいたかわかってんのか?」
「いや。いやいや。わからない。年だねきっと。免疫力の低下。気を付けましょう」
「なまえ?」
「季節の変わり目、コワイ」
「なまえ」
「……」

なまえは俺から目を逸らし、はあ、と熱い息を吐いた。

「……紺のとこの大将」
「紅がなんかしたのか!?」
「いや、酔っ払って道歩いてるとこ見かけて。ふらつきすぎて川に落ちそうになってたの支えたら私が落ちた」

から、カナ……。面目ない……、と続く言葉はどんどん小さくなっていく。この真冬の川に落ちた? 運が悪けりゃ死んでるじゃねェか。紅のやつ、やたらすんなり休み寄越したと思ったらそういう訳か。

「紅め……」
「川に落ちたのは私が鈍くさかったからだから、まあ、まあ」
「よく言っとくよ」
「いやあ、お酒は程ほどにね」

はは、と笑うなまえに、確かに通常時の力はないし、熱があって体がだるくてという状態にしては元気そうだ。もっと動くのもやっとの状態だと思っていたから、ほっとする。

「思ったより元気そうだな」
「うん。ただの風邪だしね。すぐ治るよ」
「そうだな。ほら、粥でも食って、ちゃちゃっと薬飲んで寝ちまえ」
「うん」

なまえは体を起こして両手をこちらに出す。その手は、持ってきた粥を寄越せということなのだろうが。俺が来たってのに、そんなことをさせるわけがない。なまえは恐る恐るこちらを見上げた。その通りのことを今からする。

「……どうした。口開けろ」
「自分で食べれるよ」
「心配しなくても俺しか見てねえよ」
「そんなことは心配してない……」
「ほら、アーン」
「……あ、」

甘え慣れないこいつを、無理矢理甘やかすのは俺の特権であり、楽しみでもある。そろそろ慣れても良い頃なのに、一向に慣れずに毎回照れている。どうにもこういうところがかわいくていけない。

「どうだ。味わかるか」
「……んん、美味しいよ」
「ほら次」
「もういいって……」
「しょうがねえな。そんなにわがまま言うなら口から」
「ごめんなさいもう言いませんから匙からください匙から」
「そりゃ残念だ」

以降は黙って俺にされるがままだった。よしよし、食欲もあるようだ。しっかり完食したなまえを撫でてやる。

「……ありがとう。とても素直にお礼が言い辛いけれどありがとう」
「どういたしまして。後はそうだな……、なんか要るもんあるか?」
「ないよ。と言うかあれ」
「あれ?」
「紺が来てくれただけでもう充分、」

しまった、と思った時にはもう遅い。
頭に乗っていた手がするりと頬に移動して、勢いのままなまえと距離を詰める。
どさ、と布団に倒れ込むなまえの上に、覆いかぶさる。
……俺となまえとの顔の間に、なまえの白い手のひらが二枚。

「駄目だよ、紺」
「……一回でいい」
「駄目」
「……」

確かに、伝染ったら面倒ではある。若の面倒も双子の面倒も見なきゃならねェ。しかし。俺は無理矢理なまえの腕を押さえて、遮っていたものを取り払う。「あっ」(本当は全然全く足らないが)約束通り一回だけ唇を合わせた。
そっと離すと、なまえはへら、と笑っていやがる。

「駄目だって言ったのに」

自由にしてやった手でぴし、と額を小突かれた。

「悪いな」
「いいよ。でも、本当に風邪引かないでね」

布団に顔を半分隠してなまえはそう言った。
そのまま部屋の火鉢の音だとか、やかんから蒸気が噴き出す音をしばらく聞いていた。なまえの髪を顔から避けてやった後、俺は胡坐の上に肘を立てて、その上に体重を乗せた。なまえはぼうっと天井を見ていたが、時折している瞬きは瞼が重そうで、今にも欠伸の一つもしそうな雰囲気だ。
頬杖を突いたままなまえの体をぽんぽんと叩く。それを合図に、なまえは祈る様に目を閉じた。

「おやすみ」

早く元気になってくれ。
そうじゃないと、どうにも俺まで、寒くていけない。


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20191207:文字書きワーードパレット弐のやつです。
19.ラブルム 「頬杖 合図 おやすみ」飴子さんから頂きました。

 

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