花を贈った日/52


その時の俺となまえの姿は、果たしてどう見えていただろうか。俺たちは姿を隠しながら、それでも繋いだ手は離さないまま。……いつでも、なまえだけをどこか安全な場所に切り離すことはできたけれど。

「それ、だれかにあげるの?」

世界の闇など知り得ないような、小さな子供にそう問われて一瞬困惑した。
それ、と指さす俺の右手に握られているのはさっきその辺で拾った花だ。
問いかけには結局、いつも通りに「ああ」と返事をした。「なら」と子供はするりと髪のリボンを解いて俺に手渡す。

「これ、あげるね」

お前、これは。受け取ってしまってから親が見たら怒るのではと心配になった。「いらねえよ」と突き返すが、子供はそれを受け取らず、ぐ、と人差し指を立てて大人の女の真似をしていた。

「ぷれぜんとには、りぼんくらいついてなきゃ」

じゃあね、と去って行く姿があまりに満足そうだったので、俺はそれ以上その子供と関わるのをやめた。俺は、言われた通りに手に持つ赤と白の花にリボンを付けてやった。雑草をリボンで縛っただけだというのに、随分、花束らしくなった。



直接手渡すのは気恥ずかしくて廃墟の椅子の上に置いた。
なまえはまだ帰っていないようだ。どこか散歩に出ているのか、……追手を撒いている可能性もある。俺はなまえが本気で戦っているところを直接見たことがないが、実はかなりの強者のようで、奴らはなまえと接触するのを避けているようにも思える。
怪我をしても直ぐに塞がっているし、ひょっとしたら、守られているのは俺の方かもしれない。

「あ、52」
「なまえ……」

今の住処にひょこりと返って来たなまえは、俺の姿を見つけるとぎくりとしていた。……ただの散歩ではなかったようだ。何を隠したがっているのか知らないが、どう誤魔化すか思案しているなまえの傍に寄り、後ろに隠した腕を掴む。
血のにおいがしている。

「……どうしたんだ」

なまえの両手は、肘から指先まで真っ赤だった。

「私は、怪我してないですよ」

となると、全部返り血ということになる。「この場所はバレてません」そんなことは心配していない。幸い廃墟ならいくらでもある。なまえの体にゆっくり触れるが、痛がる様子はないし、どこかを庇っているという風でもない。
ただ、感情を隠すのが上手いこいつのことだ、触っただけではわからない。

「ほんとうか」
「ほんとう」
「じゃあ、いい」

一度、怪我を隠されて、俺が怒ったことがあるからだろう。ここまで問い詰めると大体のことは白状する。今回は本当に怪我はないらしい。俺はぐ、となまえの体を引き寄せてやる。胸に沈むなまえはほっと体から力を抜いた。

「待ってろ、今拭いてやるから」

俺はなまえを離して、溜めていた雨水で流してやろうと背を向ける。なまえはどうせこっそり終わらせておこうと思っていたのだろうが、そうはいかない。ひょこひょこと後ろをついて来るが、俺がやると言ったら俺がやる。

「だ、大丈夫、自分で……、あれ」
「あ」

忘れていた。
椅子に乗っている花束が見つかった。
なまえはやや警戒しながら花に近付き俺に振り返る。

「これ、どうしたんです?」

なまえに嘘を吐いても仕方がない。

「……お前に」

それだけ言うと、なまえはただでさえ綺麗な目を輝かせて俺に言う。

「52、これなんて言う花か知ってますか」
「知らねえ」
「近所の小学生が話してるの聞いたんですけどね、これ、コスモスって言うんですって」
「へえ」

花には花言葉っていうのもあるって、バーンズさん言ってましたけど、それはわからないのが残念ですね、となまえは言いながら、そうっと花に手を伸ばす。
なまえが近寄ったのと、なまえの手が空気を動かしたからふわ、と花が数本揺れる。
なまえはぴたりと手を止めた。

「っと、手が汚いから、今は触らない方がいいですね」

改めて、視界に血塗れの手が映ったのが気になったらしい。元々は雑草なのだから、そんな風に畏まる必要はないのに。

「関係ないだろ、ほら」

俺がなまえより先に花束を拾い上げて、す、となまえに差し出す。あっ。

「……」

結局、手渡しすることになってしまった。
しかし、真っ赤に染まった手で、しかも廃墟で、このアンバランスさが俺達には似合いな気がして、やけに安心した。
なまえは目をきらきらさせて花……、赤と白のコスモスを見ている。
すん、と匂いを嗅いでから俺と目を合わせる。ああこの顔は、俺の理解できないことを考えている時の顔だ。やや身構えて言葉を待つと、案の定わけのわからないことを言った。

「コスモスって、食べられるんですかね……?」
「なんで食おうとしてんだ……」

腹壊すからやめとけ、と言うのだが、どうにも美味そうに見えるのか、他に何か考えがあるのか、どうしても口に入れたいようで。一度花束に視線を落としてから、また俺を見上げる。

「花びら一枚くらいなら」
「食うなって」

きっと俺はこの時笑っていたし、もう、胸に沁みるあたたかいものの名前も知っていた。


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20191206:文字書きワーードパレット弐のやつです。
14.スパーリニア 「椅子 花束 沁みる」紅茶あめさんから頂きました。

 

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