冬の間の特別な夜/紅丸


地球の記憶を指でなぞる。
いつだって興味の対象は世界にあるのだと、呆れながら隣にいた。

「で、ほら、これがゾウ」

これはきっと、年頃の、(今はただの幼馴染である)男女の距離ではないのだろうとは思いながらも、許されるままに隣に潜り込んでいる。ただ、年がら年中というわけではない、冷えてくると、寒さから身を守るという名目で冬の間だけ、俺は毎日、夜になるとなまえの部屋を訪ねて、なまえを抱えて布団に引きずり込む。
……なまえが楽し気に本を指さし俺に語る以外にはなにもない。眠くなったら明かりを消して、お互いの体温を分け合いながら眠って、朝を迎えるだけだ。

「……流石に覚えた」
「私はいつか海に潜ってみたいんだよねえ」
「それも聞き飽きた」

あまりに近すぎてなまえの顔が見られないから、俺は適当になまえの髪に指を絡めたりしながら遊んでいる。圧倒的に俺が先に眠くなって寝落ちするのだけれど(こいつの話は時々意味がわからないくらいに難しい、し、話の内容自体にあまり興味が持てない)、油断をするとなまえは朝まで読み物に耽っていることがあるので、できるだけ、強制的に一緒に眠るように仕向けている。

「ええ? じゃあ、今日ヴァルカンくんと動物の話について盛り上がったこととか話せばいい?」
「……それはいらねえ」
「それ以外だと、リヒトと薬剤爆発させた話とか」
「おい、お前いつの間にあいつのこと呼び捨てにしてんだ」

なまえの友好関係が広がるのは良いことだと思いつつも、趣味の合う男友達は駄目だ。俺は残念ながら、趣味の合う男友達、ではない。腐れ縁の幼馴染だ。いくら俺がこいつを一方的に好いていても、長い年月を過ごしていても、なかなか、勉強ばかりしていて頭が良いこの女のツボを押さえることはできない。
いいや、ツボくらいはわかるけれど、最近出来た友人は、より正確にわかるようで、同じ分野で勝負をする気にならないだけ、か。

「これもダメ、となると、じゃあ午前中に読んだ本の話でもしようかな」
「ああ」

頷き、内容というよりは、なまえの声を聞いている。時々頭に残る言葉もあるけれど、大抵は寝て起きたら忘れている。たまに覚えていて、紺炉の前で使ったりすると驚かれる。それは少し面白いのだが、やはり、眠って、起きると忘れてしまうことが多い。し、大抵は日常生活で思い出すことのない知識ばかりだ。

「楽しそうだな」
「ん? 質問ですか、紅丸くん」
「楽しそうだっつったんだよ」
「まあ、紅丸くんはどうかわからないけど、私は覚えたこともう一回確認できるから、実際この時間は有意義よね」
「俺がどうかわからねェってのは余計じゃねェか」
「でも時々一つか二つ覚えてるのは知ってる」
「そうかよ」

なまえは頬杖をぐしゃりと崩して腕を伸ばし、手に持っていた本を立てた。
かつての世界に人間と一緒に生きていたと言われている動物の図鑑は、なまえが何度も開いたからだろう。ぱらぱらとめくると誰がそうしても海の生き物のページで一度止まる。「絶対まだ生き残ってるの居るよねえ」と目を輝かせている。それどころか進化して新種になってるかもしれない。と、話は続く。新種を見つけたらそれがどんな姿であっても『アサクサなんとか』にすると決めているらしい。「自分の名前じゃねェのか」「自分の付けるくらいなら紅丸くんの名前を付ける」と、話したこともある。気恥ずかしい気がしたが、明らかに特別という感があり、やめろとは言えなかった。
話し続けるなまえの声を聞き続け、別に退屈ってわけじゃあないが欠伸をすると、それを合図になまえはくすりと笑って言った。

「もう寝ようか」
「おう」
「火消すけどいい?」
「俺はいつでも点けられる……。それより、寒ィからもっと寄れ」
「はいはい」

紺炉はこの状況について「流石にまずいだろ」などと言うのだが知ったことではない。なまえが嫌がらないのだから何もまずいことはない。
なまえはごそりと俺の腕の中で動いてふにゃりと笑う。

「おやすみ」

この顔と声とが一番近くにあるうちは、これでいい。


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20191206:文字書きワーードパレット弐のやつです。
19.ラブルム 「頬杖 合図 おやすみ」紅丸指定で時雨さんから頂きました。


 

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