オトモダチ宣言/黒野


壁がある。いや、正確には壁が来た、だろうか。
私がいつも通りに可もなく不可もなくと言う風にデスクワークをしていると、突如として隣に立ち、私に圧をかけてくる。あまりにも圧が強いから、私の両隣に座る同僚はどこかへ行った。どこかへ行くまでは私ではないと信じていられたが、半径五メートル以内にはもう私と、私の隣に立つ男、優一郎黒野しかいない。
優一郎黒野は満を持してと言う様子で口を開いた。

「オトモダチにならないか」

オトモダチ。おともだち。お友達?
私はぎょっと黒野を見上げる。
何を考えているのか分からない両目が、じっと私を見下ろしている。
こういうのは初動が肝心だ。適当にしてはいけないと、私は強く嫌悪感を声に表情に滲ませる。

「嫌だけど……」
「……よく聞こえなかったな。差し当たり今日は一緒に昼飯を食おう」

よく聞こえないわけあるか。この男のせいでこの部屋は酷く静かだ。さっきからキーボードを叩く音すら聞こえない。

「嫌ですけど……」
「お前はいつも食堂だったな」
「無理だってば」

優一郎黒野はむっとして、ようやく私の言葉に返事らしい返事を返した。

「無理、は、ひどいんじゃないか?」
「酷いのは君では……?」

周囲の同僚がヒヤヒヤと様子を伺っているのがわかる。書類を確認する振りをしながらちらちらこちらに視線を寄越す。そんなことをしている暇があったら助けてくれと思うが、私がみんなと同じ立場でも同じようにするだろう。

「なんで君とお昼を一緒に食べないといけないの」
「親しくなるには、まず同じ時間をできるだけ近くで過ごすのが効果的だろう?」
「なんで君と親しくならないといけないの」
「そうか。それを聞くのか……」

優一郎黒野はそっと自分の指を自分の顎に添わせて、数秒後に答えた。嫌な予感がずうっとしている。

「なまえ」

親しくない男からの名前呼びほど恐ろしいものはない、私は全身がぞわりとするのを感じながら優一郎黒野からの言葉を待つ。

「俺は、ゆくゆくはお前と夫婦になりたいと思っている」

あっ、正気じゃない。
正気じゃない上話が通じない。人と仲良くなるにはまずコミュニケーションをきっちりとる事が重要だと私は思う。

「これでいいか? まったく……こんなところで、こんなことを言わされるなんてな……、高くつくぞ」

知らねえよ……。

「余計嫌だけど……」
「なんだと」
「余計、嫌だ」
「二度も言うな」

はあ、と優一郎黒野はため息をついて私を見下ろす。私は身長が高い男はそもそも苦手だし、好んで弱い人間をいたぶるのが趣味の、死神なんて呼ばれている男と仲良くなりたくない。正直かなり怖い。

「なまえ、」
「その名前で呼ぶやつやめてもらえる?」
「何故」
「気持ち悪いから」
「……みょうじさん」
「もうそろそろ仕事に戻っていいかな黒野さん」
「!」

何か間違えたらしい、きら、と黒野の目から星のようなものが一つ弾けた。嬉しそうにするな。私はこんなに嫌がっているのに。
こちらの意思は一つも通じないまま話は続く。

「それは、了承ということだな?」
「あん?」
「今、親しげに名前を呼びあっただろう」
「親しげではない仕方なげに」
「それで、昼だが」
「食べない」
「みょうじさん、奢るぞ」
「お金もらったって嫌だ」
「……なら、百歩譲って今日は飲みに行こう」
「なにを譲ったんだ!?」

私は仕事をしながら優一郎黒野の相手を続けた。結局昼休みになってもこの男はついてまわり、私の隣(やたら近くて鬱陶しかった)で私と同じものを食べた後、「なかなかいい時間だったな」などと言いながら帰っていった。

帰宅して、真っ先に、入社時にもらったセクハラの相談窓口について書かれた書類を探した。


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20191205:私はこういう話が大好きオブ大好きなんですよね…

 

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