ベストショット(中)/紅丸


ふらふらと、行くあてもなく浅草を歩く。あんなふうに飛び出してしまった手前まだまだ帰りづらい。しかし。第七の詰所以外に私が行ける場所など……。「おや、なまえちゃん。今日は若と一緒じゃないのかい?」……そう言えば、一人で散歩をするのは久しぶりだ。
私は弱っていたからか、つい、本当のことを言ってしまった。

「ちょっと喧嘩を……?」

ざわ、と周りの人達が動揺して、あっという間に私はその会話を聞いていたらしい全部の人に囲まれた。
そのうちの一人が、ずい、と詰め寄ってくる。

「そ、そんな面白……、いや、大変なことに?」
「たぶん、若が理不尽だったと思うんですけどね……、ろくに言い分も聞いて貰えませんでしたし……」
「そうかい、そりゃ楽しそ……、じゃなくて、可哀想に。こっちおいで。団子ご馳走してあげる」
「え、で、でも」
「いいからいいから。そういう時は全部話しちまえば楽になるよ!」

やや、保護が過剰であるような気がしつつも、ありがとうございます、と私は言って、全て聞いてもらった。
話してしまって、聞いてもらってしまった。



泣かせた。
その四文字が頭の中でぐるぐる回って思考が前を向かないまま、結構な時間が経った。ヒナタとヒカゲが連れてきた紺炉に声をかけられる。

「若、……若!いつまでそこでそうしてるんで?」
「……」
「紅!!」
「ああ……、紺炉か」
「なまえを追わなくていいんですかい?」

なまえを、追わなくていいのか。
追わなければならないには決まっているが、たとえ泣かれたとしてもなまえのあんな写真を世に出すわけにはいかない。
となると、どう連れ戻したものか。

「……」
「まあ別に、その内帰ってくるとは思うが……。いいのか? 他の誰かがなまえを慰めても」

他の、誰かが、なまえを。
想像するだけで胸糞悪い。……そうだ。無理やりにでも隣に居て涙を掬ってやるのは俺でなければならない。他の人間に譲ってやる気など全くない。
紐を付けてでも連れ帰る。話はそれからか。

「迎えに行ってくる」
「おう。行ってこい」

紺炉はそう言いながら、いつものように俺の肩の当たりを叩いた。



なまえは団子屋に匿われていると町の人間から聞き出し、早速向かう。向かったのだが、有り得ないくらいになまえの周りに人が集まっていた。
面倒な予感しかしねェ。
俺を見るなり、なまえはふい、と顔を逸らして言った。

「……辞退しませんよ」
「それはしろ」
「がんばれ、なまえちゃん! 紅を泣かせてやれ!」
「うるせェ」

さては全部話やがったな、人を面白がりやがってこいつら。
なまえは外野は気にならないようでさっくりと続ける。

「納得のいく理由を教えて下さい」
「理由……」

ここで。
明らかににやつく町のヤツら。言えるわけが無い。言ったら一生酒の肴にされることだろう。その質問には答えずに、俺はなまえに手を差し出す。

「変な意地張ってねえで帰るぞ」
「若のは変な意地じゃないんです?」
「俺はこの仕事許可してねえよ」
「……」
「……」

埒が明かない。
どうしたものかとなまえを見るが、なまえもまた、引いてくれる様子はない。こんなに強い感情を見せているところを始めてみた。
そこまで言うなら、いいや、しかし。

「取ったぞ! これが例の写真、だ……」
「オイ!」

緩く持っていた七曜表を取り上げられた。その瞬間は盛り上がったが、なまえの姿を見るなり、全員死んだように黙ってしまった。
海面から、すらりと足が伸びて、胴は透き通る白いシャツで覆われている。 けれど、水に濡れているから下の水着も、体のラインもよく見える。
さらに注目すべきはその表情だ。誰か、大切でたまらない誰かに呼ばれた時のような、宝石のような目をこちらに向けている。
ごく、とその場にいた奴らが喉を鳴らす。
全員食入るように見ているし、なんなら七曜表を取り合いしている。女共はなまえの肩をばしばしと叩き「可愛く撮ってもらったね!」などと言っている。なまえはぱ、と顔を輝かせて「ありがとうございます」と……。

「紅、これは浅草の、いや、世界の宝だぜ! これを世に出さねえなんて許されねえよ!」
「ふざけんな、返せ!」
「あっ!」

取り上げると、全員から文句が飛ぶ。なまえは、お前らのものでは無い。

「紅は毎日だって見れるんだからいいだろうが!」
「俺はまだ見たことねェよ!」
「え!?」

ざわ、と視線が俺に集まる。しまった。余計なことを口走った。憐れむような視線が刺さり、慰めるように体に触れられる。

「じゃあ、世に出る前に頼み込んで見せて貰いな?」
「そうか、二人はまだ清い関係……」
「紅お前、大事にしてんだなあ……」

余計なお世話だ。

「悪かったなあからかって」
「なまえちゃん、今日のところは一緒に帰ってやってくれや」
「えっ」
「紅だって、一回シたら納得するだろ」
「え、なんです……?」

なまえは俺の前に差し出された。負けた気がするのは何故なのか。

「てめェらァ……!!」
「散れ! 破壊王が怒ったぞー!」

わーきゃーなどと言いながら、本当に散っていき、なまえと俺だけが残された。俺たちはキョトンとお互いの顔を見合わせて、なまえの方が早く、この喧嘩の原因を思い出して目を逸らした。

「帰るぞ。話はそれから、ゆっくり聞いてやる」
「……はい」

差し出した手は握られず、なまえは釈然としない顔のまま横を歩いていた。


-----------
20191203:思ったより時間経ってましたね…

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -