取り戻せ/ジョーカー


外に出て以来、なにもしていないなまえ、と言うのは珍しく、用もないのに布団の中で丸くなって出てこないのははじめてだった。
なにかあったようだ。
芋虫のようになっているなまえの隣に座り、ぽん、と布団の上からなまえに触れる。

「どうした?」

なまえはもぞ、と顔を出し、そっと俺を見上げた。「今日」と話し始めたが、「ン、」両手を広げてくるまるならこっちにしろとアピールする。なまえは布団ごと俺に体を預けた。

「今日、電車で出かけてたんですけど」
「おう」
「……」

止まった。
何かあったのは正解で、それは電車の中で起きたらしい。

「いえ、……なんでもないです。人が多過ぎて、ちょっと疲れました」
「そうかい」

加えて、言い難いことのようだ。

「それで、本当は?」
「本当は、……、……」
「俺に言い難いってんなら、リヒトになら言えるのか?」

最近ではそういうこともあるようだと(断腸の思いで)気を利かせてみるのだが、なまえは甘えるように俺に擦り寄ってから話し始める。

「大したことじゃないんですけど」

ぽそ、と口元が動く。

「電車、結構、人が、居たんですね」

表情は険しく、しかし困り果てた様子で、イマイチどういう顔をしたらいいのかわかっていない。

「で、」

話はそこでぱったりと止まる。
ふむ? 電車で、人が多くて、……、まさかこいつ。

「痴漢にでも遭ったのか?」
「…………、たぶん、それです」
「あ……?」

人の女になんてことをしやがる。俺が傍に居れば腕の一本や二本切り落としてやったのだけれど。なまえを慰めるのも忘れて殺意を飛ばす。
しかしひとまず納得はした。それはさぞ気持ち悪かっただろうとなまえの頭を撫でると、なまえはややズレたことを言い始めた。

「触られるくらい、平気だったのに……」

それはつまり。

「もっと怒ってもいいんだぜ、怒り狂ってもおかしくない案件だ」

つまり、だ。

「なんででしょうね、ジョーカーに触られるのは平気なのに」
「それが普通だ。人間ってのは普通、よく知らねえやつに触られたら気持ち悪いもんだぜ。目的が邪なら尚更な」

他の男に、無体を働かれてもこいつはちゃんと嫌がれるようになったということだ。相変わらず境界線は曖昧でリヒトなら嫌悪感はない可能性があるが、警戒心ゼロよりずっといい。
なにか温かいものでもいれてやるかとなまえを左腕に乗せて抱き上げながら立ち上がる。

「よしよし、今日はずっとそこで落ち込んでていいぜ」
「今日は、でも、麻婆豆腐を」
「二日連続はいい加減やめろ」
「今日まだ、なにもしてないんです……外に遊びに行っただけで……」

一日何もしていないのは慣れているはずなのにそんなことを言った。できるのにしなかった、のが引っかかっているのだろうか。落ち込んでたから無理だった、でいいってのに。

「……なら、触ってきたやつはどうした?」
「どうもしてないです、私が落ち込んだだけ」
「やろうと思えば腕の一本ぐらい折ってやれたってのに、生かしてやったんだろう?」
「……まあ」
「殺意と吐き気と不快感を抑えて手を出さないでやったんだろ?」
「まあ……?」
「で、特にモノに当たったわけでもねェ。お前は今日、色々抑え込むのにエネルギー使ってるだけだ。いいから大人しくそこで丸くなっとけ」
「……ありがとうございます」

なまえはぐりぐりと頭を俺に押し付けて言う。

「でも、ジョーカー」
「あ?」
「作戦上必要なら、いつでもできますからね」

今回は、吃驚しましたけど。……言葉はそう続いた。全 く こ い つ は !俺はぐっとなまえの頬を抓る。すべすべしていて柔らかい。

「いひゃい」
「自分の体を粗末にすんじゃねェよ」
「ん、んん……」

コーヒーでも入れてやろうかと思ったがやめにして、なまえをベッドに転がした。その上から覆い被さる。まだ手を出したことは無い俺の理性は、このくらいじゃあグラつかない。……グラついてはいけない。

「で、触られたのはどの辺だ。俺が上書きしといてやる」
「触りたいだけでは……?」

なまえはようやく楽しそうに笑う。
俺もにやりと笑ってやった。

「そりゃ、こんないい女がいりゃあな」
「……なんですか、それ」

なまえはきゅ、と唇を引いて、俺を抱きしめる手に力を入れた。かわいいもんだ。照れていやがる。


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20191201:尊厳取り戻してきた

 

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