流れ星/ジョーカー


コートを着て、マフラーを巻いて外に出た。「運が良ければ流れ星が見られるかもね」とリヒトくんは言った。「流れ星」と私は彼の言葉を反芻して、そうかそれは幻想の話では無いのだと、胸の辺りが熱くなった。

(明かりは、無い方がいいのかな)

私は一人で今隠れ住んでいる建物の屋上によじ登り、空を見上げた。「星を見るなら、月が出ていない日で晴れた日なんか最高だよ」とこれもやはりリヒトくんが言ったのだ。
なるほど確かに、空に散った星が見やすい。

(……、流れ星)

しばらく見詰めているがそんなものはひとつも見られない。やっぱりその現象ってとても希少なもので、私には縁遠いんじゃないか、そんな気がして溜め息が出る。
温められた呼気は口から出ていくと白く滲んで夜空に消えた。

「こんなところで何してんだ。寒いだろ」
「ジョーカー」
「ん?」
「ジョーカーは流れ星見た事ありますか?」
「流れ星」

ジョーカーはたぶん、私がリヒトくんから話を聞いた時と同じ顔でそう繰り返した。そう、流れ星。願い事を唱えると叶うというあれだ。その他のことはよく知らない。ただ、とても特別で綺麗なもの、としか。
ジョーカーは私を持ち上げ、抱えて座る。
そして、私の冷え切った手を掴んで、私の手をすっぽり覆ってしまった。あたたかい。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

私たちは揃って空を見上げる。
星座の本も早見表もリヒトくんが貸してくれたのだけれど今ある空が綺麗だから、目を離すのが勿体なくて床に置かれている。

「……」
「……」

ジョーカーと私は無言でじっと夜と一体化して待っている。闇には慣れているけれど、星空の下の暗闇は、なぜだか少し暖かい。天体の持つエネルギーが、静かに胸に降り積もる。
頬や手や、露出している手首など、空気が流れるのに合わせて冷気が当たるのに、私たちは寒いとも冷たいとも言わずに待っている。

「あっ」

呟いたのは私が先だった。

「今、流れませんでした?」
「あ? どこを?」
「あのあたり、一瞬でしたけど」

ああでもわからない、虫が横切るのを見たのかも。ジョーカーには見えていないなら、その可能性は大いにある。「どこだよ」「もう消えちゃいました」見つけるのが精一杯で、願いなんて言えそうにないくらい一瞬だった。うーん。もう少し、ハッキリ見えたら、この天体観測も終わり に す る の……。

「……」

音がした。

「……えっ」

私たちは同時にその方向を見る。
さっきとは比べ物にならない、柔らかい光の筋。ひゅううと聞いたことの無い音だった。「流れ星ってこう、ひゅーってさ」などと、リヒトくんは言ったが、本当に、彼らには音があるのか。
消え去るまで私とジョーカーはその一筋を見送って、私はぐるりとジョーカーに向き直った、同じ熱量で目を合わせる。

「見ましたか!?」
「今度のは俺にも見えたぜ」
「音、してましたよね!?」
「ああ、してたな」
「流れ星、見ちゃいましたねえ!?」
「ハハ、そうだな」

冷静を装っているがジョーカーのテンションもやや上がっている。「やった!!?」「ああ、よかったな」流れ星は、等しく誰の前にも現れるのだと知った。
私たちは改めて目を見合わせて、どちらからともなくぎゅ、とお互いの体を抱きしめた。

「ジョーカー……!!」
「あァ……、そうだな」

特別だとかそうじゃないとか、そんな話に興味はないけど、その瞬間、私たちは言葉にならない何かを共有して、ありのままに喜んでみせた。


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20191130:ある静かな夜の話

 

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