007/シンラ、アーサー、紅丸


「それじゃあ行きましょうか」とシンラさんは言った。連れてきてもらったのは東京皇国、第七特殊消防隊の管轄地である浅草だ。雷門、……雷門……? 立ち止まると、アーサーさんが「どうかしたのか?」と聞いてくれた。

「……、いえ、なんにも」

ちり、と頭の中で何かを思い出しかけた気がしたのだが、うまく思い出すことができなかった。この場所を、私は見たことがあるような気がして、必要以上にきょろきょろとしていた。この町だけはどうしてか、匂いが違う。
アマテラスのエネルギーを使っていないからだろうか、それとも、もっと別の理由があるのだろうか。

「それより、私も第七の詰所に行っても大丈夫なんです? 初対面ですけど……」
「大丈夫ですよ。第七の人たちは細かいことが嫌いですから!」

細かい、か? 私は首を傾げるが、まあ、ダメだと言われたらすぐに帰ればいいかと考え直す。のだが、私も、何故だか大丈夫な気がしている。いいや、正確には、大丈夫だと知っている、ような……。
やはりおかしな感覚だ、雑誌で見た、とかそんな感じじゃない。私はここに来たことがある……。

「アーサーさん、第七の大隊長さんってなんて名前でしたっけ?」
「紅丸だ」
「ベニマル……」
「まさか、苗字覚えてないんじゃないだろうな……? 新門紅丸大隊長と、相模屋紺炉中隊長、ですよ」
「シンモンベニマル……、サガミヤコンロ……」

幼く、掠れた声がした。『紅丸くん……?』そっと頭を押さえて町を見る。今度は町の輪郭が二重に見える。その中に、記憶が幻影を作り出した。これでもかと言うくらい包帯を巻かれた、ガリガリに痩せた子供が、同じくらいの年の男の子に手を引かれて歩いている。……、かなり古い記憶のようだ。彼が、シンモンベニマルだろうか? となると、私は今から会うその大隊長と会ったことがある、という事になる。
あの子は、確か、目が、特徴的な両目をしていた、ような。

「なまえさん?」
「シンラさん。その新門大隊長って、左右の目に違う模様が入ってました……?」
「そうです! なんだ、知ってるじゃないですか」

知っている。
もちろん、聖陽教の暗部に居た時の記憶ではない。ジョーカーと一緒に来たこともない。……となるとここは、あの町だ。
私は十二年前からほとんどの時間をジョーカーと過ごしたわけだけれど、実は、ほんの短い間だけ、ジョーカーと離れていたことがある。

「ごめんください…第八のシンラです」

シンラさんに次いで、アーサーさんも第七特殊消防隊の詰所に入っていく。私は、見覚えのある戸を開けられず立ち止まる。……どう、するべきだ? いや、言い逃れるのは簡単だけれど、思い出しつつあるこの記憶は、どうしておくべきだろう。私が思い出した少年と、今から会う大隊長が同じ人だった場合……。
いや、同じか違うかは関係がないかもしれない。
向こうが、覚えているかいないか、という点で考えた方が。

「なんだ、もう一人いるのか」
「あ、はい。最近第八に配属になった……、なまえさん、入って下さいよ」
「なまえ……?」

声は変わっているだろうから、わからない。
のれんを持ち上げて、その人、新門紅丸は私の目の前に立ち、特徴的な両目を見開いた。
ああ、この反応は。

「なまえ、」

そして私もこの人を知っている。
ジョーカーと逃げて、攪乱の為に数か月だけ別れて行動した。その短い間を、私はここで過ごしたのだ。どうやって過ごしていたのかは、ほとんど忘れてしまっているけれど、特に私に構ってくれていた、この人と、紺炉さんのことは思い出せた。

「そ、その節は、大変お世話に、」

なりました、と続く筈のありきたりなお礼の言葉は食べられてしまった。「っ、……!?」噛みつくように唇を塞がれ、頭を押さえられる。「ふっ……、んん!!」慌てて体を押し返そうとするけれど、元々力がない。掴まってしまってから逃げ出すのは困難だ。顔を逸らしてみても、角度を変えて口づけされるだけで、なんの解決にもならない。

「ちょ、ちょ、ちょっと!? 新門大隊長!!?!?」

シンラさんが叫んだから、ようやく私を掴む腕が緩んで私はよろめきながら後ろに下がる。うまく体に力が入らなくてふらふらしていると、アーサーさんが肩を支えてくれた。ありがとうございます、と言いたいけれど、袖で口を拭っているのでまだ言えない。
ありがとう、そう、まずはアーサーさんにそう伝えたい。
のに。

「あ……?」

隣のアーサーさんと、新門大隊長の隣にいるシンラさんがぎょっとしてやや体を引き、そうしてすぐに、私を慰めるように駆け寄って来た。

「だ、だ、大丈夫ですか、なまえさん」
「おい、おい、なまえ? ホラ、騎士王が飴ちゃんをやるから元気を出せッ!」
「そんなんで元気になるわけねえだろバカ」
「ならお前が何か芸でもして見せろ悪魔」

大丈夫、と二人に言いたい。
のに。

「あ……、れ……っ?」

声が震えて言葉が出ない。
顔を拭っても拭っても、目から落ちる雫が止まってくれない。

「ご、ごめんなさい……」

はじめてだ。感情が、表情に置き去りにされている。
私は今どういう状況なんだろう。泣いているということ以外に何もわからない。

「……お前まさか。俺との約束を忘れちまったんじゃねェだろうな」
「え、や、約束……?」
「別れる時に、約束しただろうが」
「やくそく……」

『いつか、また――』星空の美しい夜だった。誰にも気付かれずにいなくなるつもりだったのに、この人に見つかってしまって、どこに行くんだと止められた。でも、この恩は必ず返すから行かせて欲しいと頼んだんだっけ。彼の言っているのは多分この時。『また、会えたら――』紅い瞳が悲し気に揺れて。
その表情があまりにも十二年前と同じだったから、思い出してしまった。

『簪、』
『え?』
『いつか、また会えたら。簪を受け取ってくれ』
『? はい。それで恩返しになるのなら』

……訳も分からず、確かに、そう、返した。
もしかして、この『簪を受け取る約束』というのは、適当にしてはいけない約束だったのでは……?


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20191129:あーあーあー……。

 

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