確信できない/紅丸


廊下を騒々しく走る足音と、強く引かれているのかややもつれて近付いて来る足音がある。すぱん、と襖が開くと、ヒカゲとヒナタが走り込んできた。

「「わかー!」」

大抵そうだが、今日もその大抵に漏れず、ヒカゲとヒナタは上機嫌に笑っている。何か、詰所内で隊の人間に悪戯でも仕掛けたのかもしれない。

「みてみろよこれ。ヒカ・ヒナの力作だぜ!」
「なまえが縁側でアホみてーに寝こけてやがったからな!」

じゃーん、と声を揃えてヒカゲとヒナタはなまえをこちらに引っ張り込む。「わ、」となまえはややパランスを崩しながらも部屋に入り、紅丸の前でぺたりと座り込んだ。「ヒカゲちゃん、ヒナタちゃん……」なまえが困ったように言うのだが「「なんだなまえ、文句なら受け付けねェぞ」」と声を揃えて返していた。
なまえを紅丸の前に持ってくるまでが彼女達の遊びであったようで、みてみろよ、と言った割には、感想などは一切求めず、騒々しいまま部屋を飛び出し廊下を駆けて行った。

「ええ……? す、すいません若。うるさくして……」
「いや……、それよりもお前……」
「?」

なまえは、縁側で本を読みながらやや意識を飛ばしていたのだろう。その隙に、ヒカゲとヒナタに。

「ひどくやられたな」
「えッ、顔に落書きとかですかね?」

髪を、めちゃくちゃに結われている。完全に眠っているなまえは玩具にされたのだろう。適当な髪飾りや庭で拾ったと思われる花。輪ゴムなんかで髪がまとめられ、出来の悪い生け花のようになっている。なまえは紅丸の視線で、自分の頭がおかしくなっているのだと気付き手で髪に触れる。「あー……」明らかに、朝、自分でセットしたものとは違っている。まず手に触れたゴムを引っ張ると、周辺の髪を巻き込んでおり簡単にははずれなかった。

「あー……、まあ、縁側でうたたねしてたのが悪いですね……」
「……、貸せ。手ェどけろ」
「え、」
「俺が取ってやる」
「そ、そんなわざわざ……、いいですよ、自分の部屋で鏡見ながらやります」
「相当バカみてェなことになってるが、そのままで部屋まで帰るってのか?」
「そんなにですか」
「相当だ」
「……」

よろしくお願いします、となまえは大人しく自分の手を下ろした。
紅丸はゆっくりとなまえの後ろに回り、まず、めちゃくちゃに刺さっている野草や雑草を抜いてやった。なまえの見えるところに積んでいくと「子供って面白いこと考えますね」と呑気に感心している。

「一回全部解くぞ」
「はい、お願いします」
「チッ、あいつら無茶苦茶しやがって……」
「あはは、ごめんなさい。うーん、次から悪戯されないように髪短くしましょうかねえ……。第八のアーサーくんみたいに前髪だけあげておけばいいくらいの長さに……」
「あ……?」

ぎら、と突如なまえの口から飛び出て来た他の男の名前に、紅丸の両目は一気に剣呑な光を帯びる。しかし、なまえによってもたらされた不快感は、なまえによって払拭される。

「それか、そうですね……、あ! 若とおそろいにしましょうかね! 私が真似したらそこから波及して若の髪型は浅草で一代ブームを巻き起こすかも……」
「……」

なまえと言う女を、まさしく女として隣に置いておきたい紅丸は、ぼんやりと自分と同じ髪型にしたなまえを想像してみるが、どうにも恋人同士という印象ではなくなってしまう。どちらかと言うと兄弟のように見えてしまうのではないだろうか。とは言え、近しい存在に見えることには違いがなく……。無意識に声音が和らいでしまう。

「そんなことして何になんだ……」

おとなしく、髪を触られながらなまえは言う。

「ほら、私も、若みたいに強くてかっこよくなれるかもしれないじゃないですか」

さらりと吐かれた言葉にやや面食らうも、紅丸はなまえの真意が計れずに笑い飛ばす。本当にも嘘にも聞こえる言葉で、本当だとしたら含蓄がありすぎて嫌になるし、嘘だとしたらあまりに精巧すぎてこれもやはり、嫌になる。

「はッ……。適当なこと言ってんじゃねェぞ」
「適当……?」

なまえは数秒じっと黙って考える。この間がリアルで、本心だとわかってしまう。いっそ軽薄に即答してくれたらと、何度思ったか。

「若は、私が今まで会って来た男の人の中で、一番かっこいいですよ」
「……」

言いたいことを言った後の、あまりにも邪気のない笑顔のせいで、口説いてんのか、と踏み込むことさえできなかった。どうにもなまえの前ではできないことが多くなる。嫌われてはいないし、むしろ好かれている自信さえあると言うのに、やはり、言動や行動があまりに純粋で、向けられる好意の種類が、男女のそういう気持ちである、とは、とてもじゃないが。

「これは浅草のみんなの総意だと思いますけどね」

……、などと、平気な顔で笑い飛ばすせいで、紅丸はいつも通りにどうしようもなくなって、無言でなまえの髪を元に戻した。


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20191015:「若……、いい加減に意識させることくらいできねェのか……!」「うるせえ」「多少強引にでもいかねえとこれは無理だぜ……」「黙ってろ」
ligamentさまからお題お借りしました。お題【無邪気なほどに】)


 

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