003/リヒト


なまえは僕の後ろでそわそわと落ち着かない様子だ。僕は先行して第八に挨拶したけれど、なまえは今日がはじめましてだ。
不安なら手でも握ってあげたいところだが、さすがになまえも子供ではない。しかし気持ちを処理できずに彷徨う手を見ていると、着地地点をあげたくなる。

「白衣の裾、掴んでていい、」
「ありがとうございます!」

……えらく食い気味に僕の白衣を掴んだなまえは、やや落ち着いた様子だったが、何度か深呼吸を繰り返していた。おかしな話だ。夜のバーだとか、賭場だとかそういう場所には出入りするくせに。
いや、第八みたいな、所謂光の、明るい場所で常に生活するような、そういう連中とはかかわり合いがなかったのだからこの反応は当然かもしれない。僕はなまえの頭を撫でてやると、左手では僕の白衣を持ったまま、右手で首からさがっているアクセサリーを握り締めた。……うん、そっちからの方が格段に力を貰えるだろう。

「念の為もう一度言うけど、君の事情はあらかた伝えてあるから、普段通りにしていて大丈夫だよ」
「はい、大丈夫でさ……す、……うん、」
「見たことない顔してるけど本当に大丈夫……?」
「はい、リヒトくんがいますからね……、大丈夫……」

大丈夫、と繰り返すなまえはあまり大丈夫そうではない。俯いているから前髪が目にかかっている。ジョーカーが「あいつの目、他の男に見せたくねェんだよ」とそのままにさせているのだが、普通に前が見づらそうだ。
それはさておき、気を紛らわせるためにもう少しこれからのことをおさらいするか。

「大隊長の名前は? 覚えてる?」
「秋樽桜備さん、中隊長が武久火縄さん、シスターがアイリスさん、一等消防官がマキさん、新人の森羅日下部さん、アーサー・ボイルさん……」
「あと、僕とほぼ同時期に入った機関員のヴァルカンね」
「同時期……、同……、ハッ!? 同期……?」
「そうそう、その調子」

僕の連れということでやや警戒されているがそのノリでいけば問題は何も無い。見事に無害に見える。

「リヒトくん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。まあジョーカーほど頼りにはならないかもしれないけど、君の保護者の役はしばらく僕だからね、いつでも頼ってくれればいいよ」
「いえ、リヒトくんはめちゃくちゃ頼りになります」

ぐ、と白衣を引っ張られてなまえの方を見る。澄み切った両目が僕を見上げていてどきりとする。

「滅茶苦茶、頼りになります」
「わかった、わかったから……、僕はいいから自分の気を落ち着けて……」

大丈夫、大丈夫、と肩を震わせている……。本当に大丈夫なのだろうか。やっぱり連れてこない方が良かったのではと不安になる。いや、なまえにとっては僕がいまのところの生命線なのだから弱気ではいけない。ジョーカーならこんな時、どんな言葉をかけるのだろうか。

「無理そうだと思ったら、リヒトくんに丸投げするから大丈夫……」

な、なんだって。いや、さては。

「ジョーカーがそう言った?」
「はい。天才がついてるから大丈夫だって。だから、大丈夫なんです」
「そ、そう……」

喜べばいいのか怒ればいいのかわからない。
なまえはともかく、第八の隊員の方は余程大丈夫とは思う。見た目は僕と同じ歳だが、反応が子供だからと言ってあるし、できればクラッカーとか用意して適当に驚かせてやってくれとも頼んである。
驚いた拍子に素が出れば、たぶん、全て上手くいくはずだ。
「さあ、ここだよ」と扉の前で一度止まる。なまえは「ん」と短く返事をした。僕が開けると、頼んだ通りに、パァン、といくつかのクラッカーの音。

「……!!!?」

なまえは目を見開いて驚いている。
そんな彼女の前に立ったのは桜備大隊長だ。

「ようこそ、第八に」

と言ったのに、なまえはそれどころではなく、今宙を舞った色とりどりの紙を目で追いかけて、地面に落ちたのをつまみ上げながら言う。

「あっ、クラッカー……!?」
「うん。そうそう」
「へえ、すごい。はじめてみた……!!」

感嘆しながら床に落ちたクラッカーの中身を拾い集めるなまえの様子に、第八の面々は目を見合せたが、桜備大隊長がすぐになまえの調子に合わせる。

「まだ、爆発させてないのがあるんだが……、やってみるか?」
「いいんですか!?」
「もちろん」

なまえは桜備大隊長からクラッカーを受け取り、くるくると手の中で遊んだ後、「リヒトくん、これ、」と言ったところで我に返ってハッと停止した。
その後僕と目を合わせてから視線を泳がせ、くるりと第八の面々に向き直り恥ずかしそうに言った。

「は、はじめまして。なまえっていいます。リヒトくんの助手兼用心棒としてお世話になります」

僕の作戦はバッチリハマった。
これほどなまえの二十三歳児振りと、無害さ加減を表現出来れば言うことなしだ。


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20191125:ヴァルカン加入後くらいイメージ

 

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