ぜんぶください/火縄


今時こんな導入があるのだろうか。事前に調査したのとまったく同じだ。いいや、あるいは、あまりイレギュラーがないようにスタンダードな感じになるように調整してくれたのかもしれない、となまえは思う。
ベッドの上で正座で向かい合う男と女。武久火縄となまえみょうじは見ての通り、はじめての夜に臨もうとしていた。
なまえがちらりと上を見ると、じっとなまえを見下ろす火縄と目が合う。
いつもと同じ顔色と眼力で、火縄が言う。

「覚悟はいいか」
「……」
「やめるなら今だが」

やめるなら今だが、と言われてやめたくなるような度胸しか持ち合わせていないなら、消防官など辞めている。なまえは意を決してまっすぐに頷く。

「い、いえ、大丈夫。覚悟、してきました」
「そうか」

火縄は言いながら、黒いシャツを脱ぎ捨てた。彼にしては乱暴な衣服の扱いと、たった一本の蝋燭の火に照らされた鍛え抜かれた体がなまえを追い立てる。まだ何もはじまっていない。それはわかっているが、本当に耐えられるのか?と自問自答しっぱなしだ。
自分の問いにうまく答えられなくてつい、火縄の体から目を逸らす。
抱かれる? 今からあの体に……?

「……」
「……何故目を逸らすんだ」
「そ、そら、逸らしてないですよ」
「逸らしているだろう、こっちを向け」

こっちを向け、と言いながらも、火縄はなまえの顔に触たりはせず、あくまでなまえが自分でもう一度こちらを見るまで待っていた。ぎ、……ぎ、と壊れた機械のようにゆっくりとなまえの視線が戻って来る。

「あの、火縄さん」
「違う」
「た、武久さん」
「どうした」

なまえはきゅ、と目を閉じて、大丈夫。と繰り返す。例え大丈夫じゃなかったとしても火縄がなんとかしてくれるはずだ。火縄が大丈夫なら大丈夫なのである。むしろハジメテの自分が大丈夫なはずはない、これはきっと、乗り越えられる試練なのだ。

「お、お手柔らかにお願いしますね」
「ああ」
「で、その」
「ああ」
「こういうのって先に脱ぐものなんです?」
「俺がやるから少し待て」

くたびれて部屋着になったワイシャツの一つ目のボタンに火縄の手がかかる。一つ目をぷつ、と外して、二つ目も解かれ、三つ目は。

「っ、」
「……何故、俺の手を掴むんだ」
「つい、咄嗟に……、すいませ」

ほぼ反射で火縄の手を制止するように掴んでしまった。

「やめるか?」
「や、めない」

やめない、が。
ゆら、と炎が揺れて、なまえの潤んだ瞳をくるりと輝かせた。火縄はそんななまえの様子をじっと見下ろしながら、この一瞬を全て記憶に残せるようにと、シャッターを切るように瞬きをした。なまえは真っ赤な顔で、ようやく火縄と目を合わせる。

「なまえ」
「あ、は、はい」
「俺はお前に無理強いするつもりはない。準備ができていないなら待ってやる。お前が、俺に全て委ねる覚悟ができるまでな。――だが、改めて。今夜、このまま進んでもいいのなら……」

吐息から滲む熱が、欲を孕んで生々しい。

「手を離してくれ」

既に毒でも回されたみたいに体が痺れて、顔があつい。本当は、はやく、そこへ行きたい。なにをされてしまうのか知りたい。なにより、この男にならば、なにをされても構わない。武久火縄が大好きだ。
なまえの手のひらは火縄の両手から離れ、するりと火縄の全てを受け入れるように背に回った。

「よし、」

二人で、海の底に沈むように口づけをした。


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20191125:リプ来た台詞で書かせて頂いた奴です。いちふじさんに頂いた「手を離してくれ」でした!


 

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