怒ってる理由のいくつか/紅丸


鍛えられた足が無防備に投げ出されて、大きめのシャツだけを着ているせいで、腕や胸元の防御も薄い。気持ちはわかるが、男がいるのにその恰好はいかがなものか。……恋人でもなんでもない男に晒してよい格好ではない。

「……、なんでそんな薄着なんだ」
「なんでって、暑いから」
「服を着ろ」
「服は着てる、し、私の部屋なんだからどんな格好でも良くない?」

それはその通りだ。だが、あまりにもお構いなしすぎる。もうちょっとないのか。意識をするだとか、折角会いに来たのだからもう少し構おうとするだとか。俺は用もないのに時間を見つけてはこいつの家にふらりと上がり込み、ぼんやりとこの女を観察したり、他愛のない話をして帰るのだ。
最初の内は、流石のなまえも戸惑っていたが、今では慣れきってしまってこの有様だ。実は誘われているのではと思わなくもないが、肩に触れたり、普段はしないことをするだけで目を見開いて「なに……?」と驚いているのでやはり、違うのだろう。なんて失礼な反応なんだといつも思うが、警戒されるのも追い出されるのも癪なので強く出ることはできない。
なまえは冷蔵庫から白い棒アイスを引っ張り出してきて齧りつく。棒アイス。棒アイスだ。

「んん」
「おい、聞いてんのか」
「きーへる」

ぢゅ、と、音がした。
思わず体が跳ねる。
無論この女とシたことはないが、その形状でその音はまずい。
なんとか耐えるが動けないでいると、一度アイスを口から離して、なまえはだるそうに言う。

「紅丸は暑くないの」

この阿呆は一体どこまで阿呆で男を知らないのか。
つ、と口の端から白い液体が垂れた。
また全身が強張る。
本当にわざとではないのだろうか。俺は一体なにを試されているのか。

「おっとと……、なんか私昔からこういうアイス食べるのヘタクソで」
「……、……」

もうかける言葉もない。
慌てて口の端を拭うが、そのせいで。
アイスの先から一滴、胸にぽた、と落ちる。「冷たぁ!?」溶けた白い液体が、つ、と谷間に落ちていくのを見てしまった。
間抜けな声は聞こえたような聞こえないような。ああ、クソ。この。

「さっきからどうしたの? アイス食べる?」

こ の や ろ う。
行き場のない気持ちを拳に込めてできうる限りの手加減をして頭を殴った。ご、と鈍い音がする。

「痛い!!」

なまえは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして俺を見上げる。

「な、なに、なんで殴るの……」
「なんで、だあ? 本当に、本当にわからねェってか?」
「え、本当にわからねェけど」
「心当たりの一つくらいあんだろ」
「……流石に行儀悪かったかな?」
「……」

あきれ果てて、「違ェ」と言うことしかできない。行儀が悪いのはいい。俺の前で遠慮がないのも悪くはない。だが、遠慮がない、の種類がおかしい。俺は同姓ではないし、襲わないと約束をしたこともない。

「違う? じゃあ、なに?」

きょと、と首を傾げられても、俺の気持ちは収まらない。

「お前にだけは教えねェよ」

「ええ……?」とやや不満そうにするくせに秒で切り替えて、棒アイスに向き直った。こういうところが最高に苛々する。

「あ、これで良ければ一口食べる? 食べかけだけど」
「お前マジでいい加減にしとけよ」

うだうだやってる間にアイスの先が大きく折れて、なまえの服の間に滑り込み「ひゃん」とかなんとかなまえの鳴き声があがったところで、俺は。


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20191125:ハスさんに頂いたセリフ「お前にだけは教えねェよ」で書かせて頂きました。この後はもう一発殴ってもいいしうっかり襲ってもいい。


 

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