あの日の話/52


ドラッグ、と、呼ばれる奴が居ることは知っていた。その血液を摂取すると、発火能力の威力と精度とを、爆発的に高められるから、薬と呼ばれているんだとか。
ただ、一時的な人体改造を強制的に行うそいつの血は、時に、使用した人間の命を奪う。鍛えていない人間が飲めば、その負荷に耐えられずに爆散するらしい。
物騒なやつだ。ただ、最終兵器、奥の手としては有用だ。故に、地下のさらに深くに拘束され監禁されており、こんな場所だから、鬱憤や欲求不満を晴らすのには丁度良い、と誰かが話しているのを聞いた。
ガリガリに痩せてるただのガキだが、ちゃんと女だぜ、と。

「お前は、ドラッグって奴に会ったことあるのか?」
「……お前は会ったことがないのか」

質問してるのはこっちだと思ったが、素直に「ねェ」と答えてやった。バーンズはやや考えた後、「こっちだ」と俺を連れてそのドラッグの前にやってきた。
本当に暗い場所だった。闇が意志を持って体にまとわりついてくるようで、気味が悪い。俺たちは灯りを持っているが、なければなにもない。こんな場所に本当に女が生きているのかとバーンズを睨むが、立ち止まる背中に合わせて、俺も止まる。「彼女がそうだ」

「……」

無言でバーンズの前に出て目を凝らす。鉄格子が見えて、その更に奥に、長い髪を床に散らばしたままの人間の姿が見える。細い。生きてんのか? と俺は思った。「近づいて話でもしてみるといい」とバーンズが言うので死んではないのだろう。
言われた通りに近寄ると、真新しい傷があり、額に血が着いたままになっていた。何も考えていなかった。そっと手を伸ばして、その血を拭うと、死んだように横たわっていた女はゆっくり顔を上げた。
息が止まる。
髪の奥から覗く驚いたような丸い目は、こんな闇の中、炎に照らされてきらきらと、宝石のように輝いていた。七色のプリズムすら見えた気がして俺はどうにか数度瞬きをした。少し時間が欲しい、そう思っているのに、こいつは容赦なく、全く無邪気に笑って見せた。いっそ気味悪くもある、ただひとつの感情を表した笑顔だった。

「ありがとうございます」

何故、こんな顔ができるのだろう。こいつには、人の心というものが無いのか。普通の人間なら読み切れなくてあまりに未知で遠ざけたがったかもしれないけれど、俺の心臓は、ずっと、目が合った時からずっと、どくどくどくどくと叫び続けている。「?、」わけがわからないまま、胸を押さえる。

「……? 大丈夫ですか?」

声が近い。
そうっと覗き込まれて、この衝動はなんだろうか。飛びつきたくなるような、誰より優しくしてやりたいような。

「お前、名前は」

それだけ聞くと、何故か。

「なまえ、と言う」

と、バーンズが答えた。
お前には聞いてねえよ。

ともかく、俺と、なまえとは、こうして出会ったのだった。


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20191123:人を選ぶ過去編だな、と思いながらも投げる

 

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