人であるには違いない/紺炉


三十八歳とはどういう年なのだろう、と私は時々考えるけれど、私よりも幾分も大人である、ということしかわからない。それはつまり、私には紺さんの考えることがいまいち理解できないでいると言うことだ。寂しい話である。

「……紺さんて、寂しいとか思う事あるんです?」

あまり、寂しいとか会いたいとか、そう言う話をしてもらえないな、と聞いてみるが、上手く伝わらなかった。

「ん? そりゃあ人間だからな。一人でいるのは寂しいだろうよ」
「それはそうですね、人間ですもんね。いえ、私が言うのはそうでなく」
「ああ、違ったかい? お前の考えることは時々難しいからな」

わざわざ私の目を見てそんなことを言う紺さんに、紺さんも私とはどういう生き物なのだろうと考えることがあるのかもしれないと安心する。が、ほわほわしている場合ではない。違うのだ。人間だからとかそういうことでなく。

「よく、聞きませんか?」
「……何の話だ?」
「恋人に会えなくて寂しいとか、時間が取れなくて寂しいとか、会いたくて会いたくて震えるとか」
「ああ、そりゃあお前、俺ももっと若けりゃそういうのを前面に出してたかもしれねえけどな。この年になりゃ感情のコントロールも上手くなるってもんだ」
「ふうん……、そういうものですか」

つまり、寂しいと思わない、訳ではない、のかな。

「寂しくないわけじゃねェから安心してくれ」

まさしく今考えていたことを言い当てられる。ふ、と微かに笑う紺さんに胸をぐさぐさに刺されながら私は努めて冷静な顔をして頷いた。うん。

「ええと、それで、ですよ」
「ん?」
「私は最強に寂しかったので向こうひと月分くらい抱きしめてもらっていいですかね」
「おう。お安い御用だ、お嬢さん」

力を加減されている気がして、もっと強く、と強請ってみると強請った通りに強くしてくれた。うーーーーん。大好きだ。しばらくぎゅうぎゅうやって遊んでいると、ふと。

「ん……?」

紺さんの体をよじ登るように、座っている紺さんの肩に首を置けば、文机の書類の中に一枚毛色の違う紙を見つけた。手を伸ばし音もなく引き抜いて裏返す。「えっ」……写真だ。写っているのは私。ええと、これは第五を手伝いに行った時に、ヒバナ大隊長に着せ替え人形にされた事件の写真。

「? なんだ、どうかし……!?」
「……」

私はそっと紺さんから離れてぴら、と写真を見せた。「これ」

「どうしたんです?」

私が渡した覚えはない。となれば。持っているのはシスターかヒバナ大隊長くらいだ。なのに、それを紺さんが持っているというのは、どういうことなのだろう。

「いや、み、見なかったことにしちゃくれねェか?」
「絶対にそうして欲しいって言うのならそうしますけど、遺恨が残りますよ?」
「それはまずい、が……」
「ヒバナ大隊長に貰ったんですか?」
「いや、貰ったっつうかな、……、か、」

「買った」と紺さんは言った。買った。紺さんが。わざわざヒバナ大隊長から私の写真を。

「私のだけ?」
「あ、当たり前だろうが!」

いや、わからない。ヒバナ大隊長が押し売りにきた可能性はある。お金に困っているようには見えなかったが、ただ単に面白がっているのだろうか。あ、いや、もしかして第七で撮ったシンラの写真が欲しかったとかそんなんかも。

「……幻滅したか」
「え?」
「お前が思ってるような大人な男じゃなくってよ」
「……そうなんですか?」

「そりゃそうだろう」と紺さんは言った。頭を抱えて「年取ると、取り繕う方法ばっかり上手くなっていけねェな」と私から写真を取り上げた。「なあ」

「こんな俺でも嫌いにならないでくれないか」

引け目、のようなものを感じているのだろうか。罪悪感、と言い換えることもできるのかな。と言うより、これはそんなに重大なことなのだろうか。それとも、これは、紺さんが私が思った以上に、私を好きでいてくれていると考えてもいいのだろうか。いつもは「いつでも有望な若い奴に乗り換えていいからな」などと言うのに、嫌われたくはないと、思ってくれているのだろうか。そんな心配、必要な……、あ。

「じゃあ、紺さんも写真下さいよ」
「お、俺の写真……?」
「ずるいじゃないですか。紺さんだけヒバナ大隊長から買って。私も新門大隊長に言ったら写真売って貰えますかね?」
「いや、俺の写真ぐれえどれだけでも、って、そうじゃねェよ……、なまえよお……、いや、本当にお前は……」

紺さんはがしがしと頭を掻いて、その後、私を抱きしめて言った。顔が見たかったけれど、仕方がない。

「俺はお前のそういう、どんな奴に対しても至極当然なところが好きだぜ」
「うん。写真下さい」
「ブレねえところもな」
「撮っていいですか?」
「よう、ちょっとは格好つけさせてくれねェか……?」

「はい、カメラの前でお願いします」と言うと、「敵わねェな」と相模屋紺炉は破顔した。


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20191123:リプ来た台詞で書かせて頂いた奴です。朧月さんに頂いた「こんな俺でも嫌いにならないでくれないか」でした!

 

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