002/ジョーカー


なまえの持ち物はあまりない。それこそその身体くらいのものだ。ただ、初見で舐められるのも(俺が)心外だ。以前見立ててやった服と靴との上に助手らしさが出るように白衣を被せた。ら、……想像よりエロくて心配になってきた。やはり白衣はまずいと思ったのだが「お揃いですねえ」とリヒトと揃って白衣をばさばさしてるのを見て何も言えなくなった。

「なまえ」

なまえとこうしてだらだら過ごす最後の夜だ。俺もなまえも考えていることはおそらく同じなのだろう、ぴたりとくっついてじっとしていた。クソみてェなこの世界で、どうしてこいつはこんなに澄んでいるのだろうか。太陽とは縁がなかったがなまえは今日、月の光を体に受けて噛み締めるように俺に体重を預けている。
幾億の言葉を吐かれるより、この重さが心地よい。
なまえはうっすらと目を開けて俺を見上げた。
もう眠いのかもしれない。
すり、と俺に擦り寄るから、まあなんとも言えない気持ちになる。一度くらい突っ込んだってなまえは怒りはしないだろうが、まだ、そんな風にはなりたくない。いや、なりたいけれど、これくらいは、なまえから求められてみたいだけだ。
などと、離れる以上、誰かに盗られる危険性は常にあるが、あるからこそ。
ちゅ、と額に口付けると、その隙に、首にさらりと手を回す。離れた時には、名前の首に小さな重り。

「虫除け」

ありったけの情をその四文字に込めて甘くした。なまえは首から下がっているアクセサリーを見づらそうに確認した。
アンティーク調のくすんだ金色に、ハートマークが半欠片。文字はと聞かれたが何もいれなかった。もう半分はもちろん俺の首にかかっている。

「私は……」
「ん?」
「どこかの地下の研究施設で生まれた実験体で、二年前の大火災の混乱に乗じて逃げてきた。ところを、リヒトくんに拾われて、以来世話してもらってる……」

昼に、リヒトと定めた設定だ。なまえは素で行けば多少不自然な振る舞いをしても相手が勝手に気を使ってくれるだろう。

「ああ、まあ、大体本当のところと同じようなもんだな。覚えやすいだろ?」

ひょい、となまえはネックレスを摘み上げた。

「これは?」

に、と笑うなまえに、俺もニヤリと笑って返す。

「……どういう意味にしておきたい?」

うーん、となまえはやや考えて、ぱ、と目を開けてこれだ、と言った。

「拾った」
「オイ」

なんの虫除けにもならねェじゃねえか。不満をそのまま視線に込めると、なまえは緩い笑顔のまま続ける。

「一緒に研究所を逃げた男の子から、貰ったもの。逃げる途中で拾って、私にくれた。で、その子とは、逃げる途中ではぐれてしまって会えてない。生きてるかどうかも分からない。でも、私はその子が大好きで、また会いたくて、だから肌身離さず持ってる」
「……拾ったってのは不自然じゃねえか?」
「大火災だから。例えば食べ物が欲しくてその辺の家に入ったとか、服が欲しくて盗んだとか、……死体から漁ったのかもしれない」
「恐れ入った。この上なく自然だ」
「うん、ありがとうございます」

いつか、こんな日が来ることを理解していたのかもしれない。だから、知識の吸収に余念がなかったのかもしれない。俺はなまえの頭を撫でてやると、なまえはぽつりと俺を呼んだ。

「ジョーカー」
「どうした」

呼吸をするように当然に、おやすみ、と挨拶をするように自然に、なまえの唇が押し付けられた。このキスには、大きな意味がある気がしてなまえを見下ろす。いいや、俺たちの間には、いつだって言葉にできない色んなものが飛び交っていた、か。

「虫除け」

俺がしたのと同じように、書き文字なら間違いなく最後にハートマークが付いている。かんべんしてくれ。
幸せそうに笑った後、なまえはことりと眠ってしまった。


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20191118:いつかまた、きっとかならず。

 

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