私が私であれますように/カリム


明日の私へ。
おはようございます。この手紙を読んでいるという事は、貴方はまだ今私に襲いかかっている事態について、恐ろしいと思っているのでしょう。ありがとうございます。大丈夫。昨日の私がそうだったように、きっと貴方も耐えられます。また、人間として明日を迎えられるはずです。例えどこにも戻れなくても、たった一人であったとしても、怖いと思えているうちは大丈夫。大丈夫、現時点での私は心の底から願っているのです。どうか、どうか。

「熱心だな」
「……カリム」

薄く目を開いて、ちらりと彼の方を見る。がり、と頭をかきながらやや照れたように私に言った。

「昼飯まだ、まだなんだろ。食いに行こうぜ」

上げた腕の、裾から手首がちらりと見える。噛み痕がまだくっきりと残って痛々しい。包帯やガーゼで普通の怪我のように見せるとか、そういうことはしてくれないようだ。
私は、目を閉じて手を組みなおす。

「ううん。もう少し」
「そうか、わかった。俺はそこで待ってる」
「いいよ、待ってなくても。遅くなっちゃうでしょ。カリムは私と違って忙しいんだから」
「……そうか。まあ、お前がそう言うのなら」

顔を見ていたら、腰を上げていたかもしれない。漂う空気が、どんより暗く、気落ちしているのがはっきりわかる。カリムはそれ以上私の言葉に逆らわず、一人か、あるいは第一の誰かと食事に行った。
太陽神様か、明日か、昨日の私にくらいしか話を聞いて貰えないから、この祈りの時間は貴重だった。
私の周りは、とても、静かだ。
最近じゃあこの異常さに新人も気が付いていて、タマキすら近寄ってこなくなった。

「正しいことって、どんなことでしょうね……」

今日も答えは得られない。



勤務時間が終わると、カリムはふらりと私の部屋にやって来て、ソファで読書する私の前に跪くように座る。「なあ」
これは、やめろと言えばやめるのだけれど、何やら、彼の正気(もうどれがそうなのか私には判断がつかない)を保つためには、この儀式はかなり重要であるようで、出禁にしていたら、一週間で、バーンズ大隊長から「少しでいいから相手をしてやってくれ」と頼まれた。

「今日も、お前に言われた通りにしてたぜ」

焔ビトの鎮魂した時、味方の負傷者も市民の負傷者も出していない。お前のことをあまり見すぎないようにした。仕事に支障は出ていない。影口を言うやつを凍らせることもなかったし、お前を勝手に見てる奴を殴り付けることもなかった。祈りの邪魔もしなかっただろ? 俺の周りは、平和だった。

「……」

君の心はどうなの。それは、大丈夫なの。と、聞いたこともあるのだが、心底何を言われているのかわからないと言う顔をされて「なまえが正面の目の前にいるってのに、大丈夫じゃねェわけねえだろ」と言われた。幸せそうな笑顔が記憶に焼き付いている。

「ご褒美を、くれよ」

飢えた獣のような、壊れそうな目で見つめられる。
私はそっとカリムの頭に手を伸ばして頭を撫でる。数ヶ月くらいはこれだけで満足していたのに、最近では数分経つと「もっと」と強請り、じりじりと私と距離を詰めてくる。
息が荒くて、唇に噛みつかれそうだが、カリムは私の許可がなければほとんどなにもしない。
ただ、昨日ついに、唇を許してしまったから、今日も許可が降りるのを待っている。
ちらり、とカリムを見下ろす。
教会で時々見る、宗教に寄りかかるだけの人間の目だ。自分で考えることを放棄した、狂気さえ孕んだ目。

「カリム、私は神様じゃないんだよ」

あまりにも可哀想で抱きしめると、五倍くらいの力で腕を回された。ぎち、と骨が軋み、異常に高い体温の体を押し付けられる。太ももの辺りに、ごり、と硬いものも当たっているのだが、カリムは私からもたらされるのであれば痛みだろうと快楽だろうとどちらも同じらしく、どうにかしてくれ、とは言ってこない。
どころか、久しぶりに抱きしめたから、かなり満足感を得られたらしい、穏やかな顔でそっと体を離された。ちゅ、と唇に触れるだけのキスをされる。調子に乗っているようだが、ここで、調子に乗るな、と殴ったら、私は私でなくなってしまう。
踏みとどまって、カリムを見上げる。
カリムは昨日私に付けさせた噛み跡を愛おしそうになぞりながら言う。

「何言ってんだ、神様だよ」

でなきゃ、こんなに幸せになれるはずがねェ。

「……」

髪を手ぐしでとかして元に戻した、そうしなければ、ずっとぐしゃぐしゃのまま歩いているからだ。私はふと、自分の部屋の鏡を見る。
ゆる、とカリムを安心させるためだけに緩められた口元と、どこを見ていいのかわからない暗い目。明日こそ正気を失ってしまうのではと思うと眠れなくて、寝不足のせいで顔色が悪い。
これは、私……?


-----------
20191115:いい遺書の日。毎日死んでる。

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -