次の約束は浅草で/紺炉


「あッ! 紺炉中隊長。なまえさんなら機関室で見ましたよ」
「紺炉中隊長! すいません、なまえさん事務所にもどってしまいまして……」
「第七の中隊長か。なまえなら大隊長の部屋に用があると言っていた」
「あれ、紺炉中隊長……? 忘れ物です……、ああ! なまえですね! 買い出しに出たのでほら、この地図の場所に行けば居ますよ」

そんなに、わかりやすいだろうか。焜炉は第八特殊消防隊の詰所を出ると肩を落とした。皆一様に、なまえの居場所を積極的に進言し、背を押しては笑っていた。気のいい奴らであることは承知していたが、見ようによっては紺炉をなまえに押し付けたように見えなくもない。彼女にしてみれば良い迷惑である可能性だってあるはずなのだが。

(それでもまあ、行くんだが)

第七の詰所を出る時も紅丸や他の隊員に「キメて来いよ」と一発ずつ背を叩かれた。桜備に持たされた地図と実際の道とを見比べながら進む、辿り着いたのは、生鮮食品を売る店であった。活気のある呼び込みが遠くからでも聞こえてくる。今日は卵の日で、おひとり様二パック、百二十円らしい。カップルで来ると五パック三百円とも売り込んでいる。発注のミスでは、と焜炉はいらない心配をしながら、ゆっくり周囲を見渡した。卵のせいかかなり賑わっている。この中から特定の一人を探すのは不可能かもしれない。成果ゼロを責められるのを覚悟で帰るか、この中に飛び込んで探してみるか。
悩んでいると、人混みの中から弾かれるように一人、

「「あ」」

両手に買い物袋を持っていて、人に弾かれたからバランスを崩したのだろう。転ぶことはなかっただろうが、咄嗟に、紺炉は、今まさに探していたなまえを受け止めた。

「あッ、す、すいません!」

一瞬だが完全に体を預ける形になってしまい、なまえは跳ね返るように体勢を整えた。何度か頭を下げながら「ありがとうございます」と礼も言う。「気にすんな」どころか、とんでもない役得であったので、紺炉はやや笑顔になりながら緩く片手を振った。

「そうか、今日は第8で情報交換の日でしたね。帰る前に散歩ですか?」
「ん、まあな。アンタは買い出しだろ? 会ったついでだ、手伝おうか」
「いやいやそんな、第七の中隊長殿に買い物を手伝ってもらうなんてとんでもございません! ……」

なまえはちらりと、人混みの方を見た。

「……なんて、いつもなら言うんですが、もしお時間あるなら卵を一緒に買って貰ってもいいですか?」
「破格だもんな」
「そうなんですよ、今から誰か引っ張って来ようと思って一時離脱したんですが、協力してくれると大変に有難いです」

なまえは改めて深深と頭を下げる。袋はがさりと音を立てた。紺炉にとっては願ってもない頼みではあるがなまえがあまりにもなんでもないことのように頼むのでつい、言わなくても良いことを口走る。

「俺が相手でいいのかい」
「あ! そうですよね、その視点がありました。ええと、私は先日貰ったチーズを全部キッシュにする為に卵が欲しいだけなんですが、紺炉中隊長がもし嫌だったらというかちょっとでもご迷惑になるようなら遠慮なく断って下さいね……?」
「……」
「……」

なまえは本気で言っているのかふざけているのか、気付いていたのかいないのかよくわからない態度で言う。しかし、紺炉に気を使っているらしいことは伝わってきた。いい歳をした男女二人が何に言い訳をしているのやら、二人は目を見合わせて同時に笑った。

「お安い御用だ。なんなら腕でも組んじまうか」
「荷物がなければそうしたいところなんですが」

あいにく両手が塞がれていて。軽く笑うなまえの荷物を「へえ、荷物がなければ、ねえ」するりと取り上げてなまえとは反対側の腕に持ちかえる。「これでどうだ」なまえは一瞬がちりと固まったけれど、すぐにまたいつもの笑顔に戻っていた。けれど、紺炉の腕に絡めた手は、笑顔程完璧には作れていない。ぎこちなく乗せられた小さな手は決してこういう状況に慣れてなど居ないことを示していた。

■ ■ ■

「あ、あ、ありがとう、ございました、紺炉中隊長……」
「いや、まあ……、いいってことよ」

実際、店内に乗り込むと腕を組むとか組まないとかそういう話でなく人と人とに揉みくちゃにされ、ぎこちなさとか遠慮とか、そんな気持ちはお互いはぐれないようにする為にその辺の床に捨てられた。正しく戦いであった。
無事に卵を五パック購入したなまえは、まだ紺炉とひどく距離が近い事に気が付いてそっと離れる。「いやあ、デートにしては過酷でしたね」と、茶化して全部冗談にするつもりで言おうとした言葉は、手が離れた瞬間に、紺炉の声に遮られた。

「もう恋人の振りは終わりかい」

なまえは一秒経たないうちにその言葉の意味について考える。一番ありそうなのは、自分の予定に付き合ってもらったのだから、紺炉側の予定に付き合うのが筋だ、と言う話だろうか。
大福が半額になるとか、そういう店を知っているのかも。なまえは能天気にもそんなことを考えて、そうに違いないと根拠の無い確信をしながら顔を上げる。「紺炉中隊長にもカップル装いたい用事があるなら喜んで付き合いますよ」そう、言うつもりだった。「なあ、」今度も、紺炉の方が早かった。

「……本当に、そう、ならねェか」

なまえは自分が能天気であることを自負していて、自分はあまり頭が良くないと自称しているが、実のところ、自称するほどひどいものでもない。先程までの自分の考えはこの場に適していないとわかるし、紺炉の言葉を的確に理解することもできている。すなわち、振りではなく、本物に、ならないか、と。

「へ……」

交流ができてからまだ日が浅いが、わざわざ、他の区画の人間に手当り次第手を出す男には見えない。同じ区画でないからこそ、と言う考え方もできるだろうが、第七だって暇ではないはず。そんな適当な気持ちで言われてはいないだろう。し、紺炉程の人間ともなればわざわざ自分から言い寄る必要など……。「あ、」

「あ、ああー、その、じゃあ今日ってもしかしてその、私、を」
「ああ。探してた」
「な、なるほど……」

臆面もなく、さらりと言われてなまえはすっかり気圧されている。この場のペースは間違いなく紺炉が握っていて、けれど、なまえの返事次第でここからの空気はどのようにも変化するのだ。
第二世代能力者が発火能力に目覚めそうだ、赤すぎる顔を上げることは出来なかったため、空いている手を焜炉へと差し出した。

「こ、こんなもんでよければ、よろしく、お願いします……」

握手のつもりで手を出したのに、紺炉は買い物袋を持った左右の手をそのままなまえの背中に回した。「ッ(ワアアア!?)」なまえは声にならない悲鳴を上げて、焜炉は心底愉快そうに笑う。

「悪ィな。両手が塞がってるからよ」


-----------
20191011:「おかえりなさーーーい!! 良かったですねえ、なまえさんも一目惚れでしたもんねえ」「ひえ、なんでもう知って……」「そこの悪魔もたまには役に立つもんだな」「お、おい! バラすなよ!」「コラァ! シンラァ!!!」「ご、ごめんなさい!」

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -