繋がる未来/紺炉


遠くから見ていただけだったし、接点なんて同じ(かどうかも怪しい)特殊消防隊であるということくらいだった。仲良くなれるなんて夢みたいだし、まさか。

「まさかなあ……」

私はヒナタとヒカゲと鬼ごっこをしながら呟いた。右後方からとんでもない勢いでヒナタが突っ込んで来たので、さらりと避けながら街道に降りた。着地を狙ってヒカゲも来たけれど、くるりと体を回転させてタイミングをずらした。
受け身を取って立ち上がり、また走り出す。浅草で鬼ごっこと言えば鬼を捕まえる遊びのことらしい。逃げずに立ち向かうところが大変に勇ましく、ヒナタもヒカゲも将来有望だ。

「よ、っと」

私はくるりと振り返って第七特殊消防隊の詰所の入口に手を付いた。ここがゴールだ。ここまで逃げ切れば私の勝ち。
この遊び、最近仕事や遊びで浅草に来る度に行われいる。初回はどうやら、新門大隊長が私の実力を見たいが為にやらせたようだが、二回目以降はヒナタとヒカゲの意地のようなものだ。「律儀に付き合うことはねェぞ」と紺炉さんにも新門大隊長にも言われているが、休憩時間に一回か二回、鬼ごっこをして遊んでいる。

「「クソ、また負けかよ!」」

二人は声を揃えて、身振り手振りも揃えて悔しがっている。「一応鍛えてるからね」と笑うと「そうは見えねえ」「ヒカヒナと同じくらい細いじゃねえか」などと褒められているのか貶されているのかわからない。そんなことはない。確かに昔から筋肉が付きにくいけれど、そんなことはない。
彼女たちは「次こそ勝ってやるかんな」「また近いうちに来いよ」などと手を振り、二人で仲が良さそうに「さくせんかいぎだ」とどこかへ行ってしまった。私に兄弟はいないけれど、なんだか懐かしい。桜備とはよくああして真正面から行っても勝てない相手にどうにか噛みつくための作戦を練ったりしたものだ。

「大したもんだな」

詰所から、ではなく、今の今まで鬼ごっこをしていた街道をゆるりと歩いて来た新門大隊長にそう言われた。最強の消防官にそう言ってもらえるのは素直に有難い。

「大したもん、なのはあの二人の方ですよ。油断すると掴まりそうです」
「……」

ひゅ、と新門大隊長の手刀が飛んでくる。
残念ながら真正面から受け取めるだけの力も耐久もない私は、攻撃をいなして、距離を取る。ざり、と足元の砂が音を立てる。

「……喧嘩するには嫌な相手だぜ」
「ああ、それは、よく言われます」
「は、」

流石は紺炉が選んだだけのことはある、と新門大隊長は微かに笑った。

「紺炉にはここで待たせとくよう言われてんだが……、そうだな、気分もいいし、ついて来な。いいもん見せてやるよ」



なるほど。と私は新門大隊長に大いに感謝して、この場にカメラがないことを大いに悲しんだ。めちゃくちゃ写真撮りたい。

「いやあ……、最高ですね……」
「そうかい(よく紺炉も同じこと言ってんな……)」
「あー……、世界守んなきゃって気持ちになる……」

私はぐ、と胸のあたりを両手でつかむ。
新門大隊長が連れてきてくれたのは八百屋の裏手、塀を覗いてみろと示されて、少し背伸びをすると、庭で八百屋夫婦の子供達と遊ぶ紺炉さんを発見した。
なんでも、少しの間だけ見ていて欲しいと頼まれていて、最近はよくああして遊んでいるのだそうだ。かわいいが過ぎる。尊いとはまさにこのこと。楽園はここにあった。塀から手を離して、新門大隊長に振り返る。

「ありがとうございます……、大変にいいものを見せて頂いて……」
「構わねえよ」
「あんなのが日常とか……、浅草に移住したいまでありますね……」

私は先ほどの光景を脳裏に焼き付けるのに忙しくて、周囲の警戒が疎かになった。こういうところがまだ甘いのだ。

「紺炉さんは良いお父さんになりますねえ、絶対」

言った後しばらく、やけに私を取り巻く空気が静まり返っていることに気が付く。あれ。なんだこれ。ふと顔を上げると、新門大隊長が私の後ろ側をじっと見つめていた。「え?」

「……よお、来てたのか」

あッ。
ま、待って。
どこから?

「日常がどうとかって言ってたな」

……。
私なに言ったっけ。
浅草に移住したいまである。
紺炉さんはいいお父さんになる。と、言った。
……、…………これは、あまりに盛大な告白だ。
私が顔を赤くしたり青くしたりしている間に、紺炉さんは後ろにいるらしい子供達に手を振って、ひょいと塀を飛び越えて私の前に立った。新門大隊長はいつの間にかいない。
人気のない路地裏に二人だ。

「ち、ち、ちがっ、ちがうんですよ!?」

声が裏返った。
これに対して、紺炉さんは本当に残念そうにしょんぼりと言うのだ。

「ん、違うのかい」

これが先に惚れた人間の弱みというやつだ。勝てる気がしない。

「……ずるいッ!」

苦し紛れにそう叫ぶと、紺炉さんは楽しそうに笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「その話は、また追い追いするとしようぜ」
「あーもおー! お願いします!」

開き直るしかなくなって開き直ると、また紺炉さんは豪快に笑った。
紺炉さんは、思ったよりもずっとよく笑うひとだ。
ほんとうに、まさか、こんな話をするようになるなんて。
人生なにが起こるかわからないものだ。


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20191113:いい父さんの日らしいぞ

 

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