折れて曲がって飛び越えて4


下らない意地だった。
八つ当たり。正解だ。
二年前の大火事から、なまえはよく浅草を手伝うようになった。灰島勤務であることをフル活用して紺炉の抑制剤、灰病の薬などを手配し、甲斐甲斐しく紺炉の世話を焼いていた。助かっていたのに、礼の一つも言えていないままだ。
昔から、自分より気は回るし、直観力は人並み外れて、判断は賢明で的確だ。浅草の外のことにも詳しい。当然町民からも好かれているし頼りにされている。相談事や噂話はまずなまえのところに集まってくる程に。
だと言うのに、だ。
なまえは甘んじてただの手伝いとして活動している。俺が大隊長になることに何の不満もないようだ。紺炉と似た顔で笑っていた。……大隊長は、あいつでもよかったはずだ。俺はひょっとしたら、その方が気が楽で、あいつはその方がやりやすくて。……なまえが指揮を執ってその下で暴れるのなら、それも悪くないと心の底から思えたのに。だから、いいや、こんなのは。全部。
ただの幼稚な、羨望と、憧れと、嫉妬と……、焦燥。
そんなものに飲み込まれて、突き放した。
縁なんて切られて当然で、愛想なんてとっくに尽きているだろう。
そう。
思っていた。
俺の評価などないに等しいに違いない、と。
しかし。
町を走り回るなまえと一瞬だけ目が合った。
何かぽつりと言ったようだったが、言葉を聞き取ることはできなかった。
だが、何年も見続けてきたしなやかで美しい、強い両の瞳が言っていた。
信じている、と。
細かいことは任せろ、と。



浅草の空に浮かんだ、紅い月を見上げる。
……あれは発火限界まで炎を使ったのでは、と眺めていると、案の定、シンラに受け止められていた。
私はと言えばやれる事をやり終えたが、また、戻ってくるなり、浅草が新しい形になっているところだ。
嬉しそうな第七の皆と、喧嘩祭りのせいで死屍累々の浅草。
どうあったって私がこの二人の間に入ることはできないことは、もう随分昔から知っている。ふう、と息を吐いて、紅とシンラに近付いた。こんな時に、憎まれ口は出てこないだろう。というか出るようなら今がチャンスだ。一発ぶん殴ってやろう。
そう思って近くへ来たのに、発火限界まで炎を使った紅丸がゆらりとバランスを崩したから、私は誰にもバレないように背を支える。

「……」
「……」

すぐに手を離す。

「……お疲れさま」
「お前も、ありがとよ」

数年ぶりに、隣で話をした。
そんな気持ちだった。


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20191110:和解度10%

 

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