折れて曲がって飛び越えて3


今日の作業はここまで、と合図があった。私は桜備大隊長に言ってマッチボックスに戻らせてもらった。一応白装束らしき影を見たから警戒したほうが良い、とは伝えたが、追いかけることも捕まえることもできなかった時点でできることは限られている。
町を見回るべきか、考えていると、誰かがマッチボックスを叩く。

「おい、なまえ」

に、と明るい笑顔は、桜備大隊長のものだが。
いつものような安堵感が得られない。ただ只管に、不快感だけが立ち上る。「……」マッチボックスから出ると、私に何を確認するでもなく、彼は。

「面白いものを見つけたんだ、ちょっとこっちに来てくれ」

などと言う。
浅草の町中とは反対方向だ。

「……、ちょっと、ごめん」

見た目だけは似せているようだが、どう見たって桜備大隊長では、ない。

「がっ!?」

付いていけば仲間の所に案内してくれるかもしれない、とは思ったが、あまりにも気分が悪いせいで手がでてしまった。ごめん、はいきなり殴りかかることについてだ。それ以外はなにもない。
それなりに力は込めたが本気ではない。のに、数メートルは吹き飛んで壁にぶつかっていた。中身がない。空っぽだ。より、不快感が増す。
私は転がっている彼に近寄り、胸の辺りを踏みつけて聞く。

「何故、私を遠ざけようとした?」

九割、碌な答えは得られないと確信しての質問だった。
だから、薄気味悪い笑い声も、太陽神を崇める叫びも想定内。
ただ、服のポケットから零れた小瓶にはやや驚いた。蟲。

「自ら焔ビトになる……か」

焔ビトから吹き出す炎が強くなる前に。私は、彼の体から足を外して、手を突き立てる。

「……炎炎ノ炎ニ帰セ」

ラートム
(ごめんね)

マッチボックスに引き込もっている場合ではない。今の能力があれば、事態を、いいや、町そのものを、いくらでもめちゃくちゃにできる。
幸い町のことはよく知っている。
どこに誰が住んでいるのかも覚えている。
町を見れば、同時多発的に火の手があがるのが見える。どう控えめに見ても異常事態だった。

「よし」

地面を強く蹴って屋根に登る、走りながら最善の効率を考えろ。報告、人命救助、焔ビトの鎮魂……。
私は第八特殊消防隊のなまえみょうじだ。



二年前は。
私もこの町に居た。
当時灰島重工で働いていた私が丁度浅草に戻ってきていたタイミングだったから。
自警団の仕事を手伝うことも多かった私は紺さんと紅とは反対方向で、焔ビトの鎮魂や、人命救助に当たっていたのだ。できることは全部やった。背中を任せてくれた二人に恥じないように。
だが。
全て片付いてから合流してみれば、紺さんは。

「本当に役に立つのか……?」
「見てみろ。あの女は灰島の……、今回異常に被害が少ない地域はあいつが一人で指揮を執っていたらしいぞ」
「何故浅草に……?」

……紺さんが灰病になった。この時点で、私は灰島を辞めるつもりだった。
色々理由があってはじめた灰島での仕事だったが、私が四六時中いなければならないわけではない。
特殊消防隊になるのなら私はきっと役に立てる。
面倒な手続きは私がやるし、浅草の町も、今まで以上に全力で守れるようになろう。
そう考えて。
第七で正式に隊員となる為に書いた辞表だったのに。

「紅、私を正式に第七特殊消防隊に入れてくれる?」
「……ねェ」

忘れもしない。

「え?」

人の覚悟を。

「お前は、第七にいらねェよ」

私はどんな顔をしていただろう。ただ、考えていたことは覚えている。私はちゃんと冷静だった。
わかっていた。
その言葉は本心ではない。
わかっていた。
八つ当たりのようなものだ。
わかっていた。
一番大変なのは、彼だ。
わかっていた。わかっていた。
――――わかっていたつもりだ。

「ああ、そう」

紺さんには、大変なことがあればいつでも呼んでください、とだけ言ったのだけれど、終ぞ、紺さんにも紅にも第七に来いと言われることはなかった。
そうこうしている間に、第七へ入るための辞表は、第八へ入るための辞表に変わってしまったのだった。



手早く報告を済ませて浅草の町を走り回る。今の私にできるのはこれだけだ。他の、例えば浅草の皆に言葉をかけるだとか。第七特殊消防隊の隊員への指示だとか。そんなものは私の知るところではない。なんとかしなさいよ、とぽそりと言った。それだけだ。
久しぶりに会っても相変わらず、あの時のことを引き摺ったまま。
下らない八つ当たりをしている。
子供みたいだ。
ほんとうにしょうがない。
けど。
けどね。
今日一日、見ていたからわかる。
見ていなくたって、わかる。
私も紺さんと同じ。この町を引っ張っていけるのは、彼しかいないと思ってる。

ここは浅草。
新門紅丸が居る。

「聞こえるか浅草ァァ!!!」

ほらね。大丈夫だ。


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20191110:雰囲気でお願いします。


 

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