ベストショット・前/紅丸


最近よく、なまえからの視線を感じて気分がいい。俺が見るばかりだったのに、だんだんと、なまえからの感情も色を帯びてきているのがわかる。集中していると気付かれないのは相変わらずだが、夜は毎日他愛もない話をしているし、元々覚えもいいなまえである。なまえの中に、俺についての情報が積み上げられ、俺の求めることを日々着々と理解していっている。
今日はどうしてやろうか。
そんなことを考えながら散歩から帰り詰所に戻ると、紺炉がこれは郵便らしい紙の束を抱えて立ちすくんでいた。なにかあったのか?

「何してんだ、紺炉」
「!!」

紺炉はわかりやすく肩を震わせて、ばっ、と今の今まで見ていた紙の束を自分の背に隠した。なにか疚しいことでもあるのだろうか。確認してやろうと手元を見ようとするが、ことごとく避けられてしまう。

「ま、待て待て若……!」
「オイ、なに隠しやがった?」
「見せる、見せるから落ち着け……!」
「俺はいつでも落ち着いてる」
「……」

ふい、と視線を逸らされる。なんか文句でもあんのかこの野郎。と言うか、落ち着いていないのは紺炉の方だ。明らかに動揺している。

「……いいか、紅……、くれぐれもここで暴れ出したりしないようにな……」
「あ……?」
「ほら」

茶封筒から出されたのは、リングの付いた紙の束。一枚一枚はやや厚い紙で、ノートのような……。

「……は?」



第七の詰所の一角が爆発した。私は驚いて、音のした方向へ向かう。玄関からのようだ。いつもの喧嘩ならいいけれど、もしかして。
もしかして。

「大丈夫ですか!?」

飛び込むように現場に駆け付けると、手に、カレンダーのようなものを持った紅丸さんと、それを諫める紺炉中隊長が居た。ああ、なんだ、いつものやつのほうか。ならばきっと大丈夫なのだろう。と、ほっとしたのだが。
紅丸さんは私の姿を確認するなり、ぎろ、と私を睨んだ。
え、なん、なんだ? 何か悪いことしたっけ……?

「なまえ!」
「っ、は、はい!」
「こりゃあ一体どういうことだ!」
「え、え、わ、私なにか……、あ」

見せられたのは、やはりカレンダーだった。
しかもこれは、先月くらいに第五の大隊長、火華さんに言われて集まり、撮って貰ったええと、企画名は確か、そう、特殊消防隊女性隊員水着カレンダーだ。恐れ多くも私は表紙と七月を飾らせて貰っている。
カメラマンの人がすごく愉快で楽しい撮影だったのだ。打ち上げもケーキバイキングで楽しかった。誘ってくれた火華大隊長にはめちゃくちゃお礼を言ったっけ……。

「それ、見本来てたんですか」
「……」
「……」

空気が重い。
紅丸さんだけでなく、紺炉中隊長まで私を見下ろして責めるように黙っている。

「あ、あの、……あれ? だ、ダメ、でしたか? 普段しない格好だし……、上手く、撮って貰えたなあって思ってたんですけど」

紺炉中隊長は「無理矢理じゃねェんだな?」と心配してくれていて「全然、楽しかったですよ」と答えると、「そうか。それなら俺は構わねェんだが……、あとは若との問題だな……」と早々にどこかへ行ってしまった。
私は紅丸さんと二人で残される。間には私が表紙のカレンダーだ。

「……ええと、あ、あれ、でも、私、若にも、紺炉中隊長にも話は通してあるからって、言われてたんですけど……」
「誰に?」
「企画の人……、ですかね、名前は忘れちゃいましたけど……」
「俺は許可してねェ。紺炉もしてねェはずだ」
「あー……」

つまり、私は騙されたわけだ。で、話し振りから察するに、紅丸さんと紺炉中隊長は私の参加については反対で、事前に聞いていたが許可してなかった、と。けれど、私が騙されて、勝手にこの企画に参加してしまったから、怒っている、のか、な?

「ご、ごめんなさい。私まんまと……」
「それで。どうするつもりだ」
「どうする、とは?」
「このままこの写真国中にばらまくのかって話だ」

……相当怒っている。どうしよう。
このままばらまくのか、と言われても、もう見本まで出来上がっているし、私は、この写真というか企画と言うか、とても楽しかったからこのまま発売して欲しいのだけれど……。紅丸さんが言いたいのはおそらく……。

「辞退しろ」
「え、あの、でも」
「いいから、即行で差し替えさせろ」
「……ダメ、ですかね」
「ダメに決まってんだろうが」
「でもですよ、若」
「言いにくいなら俺が突っぱねてやる」
「若、」
「若じゃねェ」

この話は第七の大隊長としてされているわけじゃないのか?
私は改めて「紅丸さん、」と呼ぶ。

「それ、そんなに、おかしい、ですかね……?」

いや、確かに自分の顔だし体だし最高とは言わないし思わない。加えて表紙なのもじゃんけんで勝ったからだ。けど、カメラマンさんも他の女の子の皆も自信持っていいって言ってくれたし、本当に綺麗に撮って貰ったから、自分じゃないみたいで好き、なのだけれど……。

「……とにかく、俺は許可しねェ」
「こ、紺炉中隊長はいいって……」
「大隊長は俺だ」
「……なんで、ダメ、なんです?」
「……なんでもだ」

……ええ?
なんでも……? あれ……? ひょっとしてこれ、理不尽くん……?
きゅ、と唇を引き結ぶ、体が微かに震えているのがわかった。……私にだって納得できないことはある。
勝手に受けてしまったのは悪かったかもしれないけれど、そもそも、私が出るものなのに、私にはその話、降りてきてすらいなかったのもおかしい。あんなに楽しい事を、勝手に突っぱねてしまうなんて。

「どうしても、ダメ、ですか」
「しつけェ」

……。

「この見本だけで十分……、」

紅丸さんは何か言いかけてピタリと止まる。
私はなんだか感情のコントロールが上手くいかない。
目のあたりがやけに熱くて、声も震える。

「わ、」

はじめての感情に戸惑いながら目元を拭い―――、

「若のばかー!」

そんなようなことを吐き捨てて、そのまま詰所から飛び出した。


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20191112:火に油を注げ

 

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