完結編01
浅草に来てから、つまり、桜備大隊長救出して、第七に助けられてから、毎日同じ夢を見る。
真っ黒の炎が一面に広がった世界に、師匠が立っていた。師匠は私を振り返り、早く来いと促すようにしばらくこちらを見る。私はどうしてよいか分からず立ち尽くす。しかし、やがてこのままではいけないと前に進んで、師匠に手を伸ばす。しがみ付いて、食らいついて、どうにか追いつこうと手を伸ばして。
いつも、追いつけないまま目を覚ます。
「……朝」
でもないか。まだ外は暗い。けれど、微かに鳥の鳴く声がする。寝直す気にはなれない。布団を片付けて着替えて、顔を洗いに行った。身支度が整ってしまったので外へ出て体を伸ばす。ストレッチをしていると声をかけられた。
「おはよう」
「おはよう。早いね」
「……お前ほどじゃない」
火縄は相変わらずダサい帽子を被って生真面目な顔で私を見る。どうやら、最近あまり眠れていないことがばれていたようだ。
「なにかあったか」
「夢見が悪いだけだよ」
大丈夫、ただの夢だ。と思ってもいないことを口にした。きっと、今世界に起こっていることと無関係ではないはずだ。火縄は眉間に皺を寄せて「嘘を吐くな」と私の隣でストレッチを始めた。
「はは、確かに、ただの夢ではなさそうなんだけれど」
「けど、なんだ」
「今のところはやっぱり、ただの夢だから」
どうにも。どうしようもないところだ。やたらと心がざわつくものだから、何時にも増して体を動かしている。私の体は、私の意識よりも先に何かを予感している。……なんともふわっとした話だ。
「不安に思ってることがあるなら、話せばいいんじゃないか」
「不安、なのかね」
「俺が知るわけない」
「ははは」
笑ってみせたら、いや、さっきから、私がなにか言う度に火縄の眉間に皺が増えていく。「そうだね」不安はその通りだ。明日、世界がどうなるかわからないという時である。しかし私は、あの夢を、私に差し迫った問題だと思っている。
「夢に、私の師匠が出て来るんだけど」
「師匠?」
「そう。なんだか待っているみたいだから、私も同じ所へ行こうと思って手を伸ばす」
届くことはない。いつも、届くことはないのだけれど。毎日少しずつ近付いている気がする。今日は、届くのではないかと思っていた。
「手を伸ばす必要は、ないんじゃないか」
「夢の中の私もそう思って。けど」
待っている。そう思うと同時に足が前に出ている。本気で世界に平和をもたらすような強さを望んでいた人。その実現の為に私を選んだ人。――けれど、どちらも不完全なまま。成し遂げられないまま死んでしまった人。
「駄目だね」
「そうか」
私もまた、なんとなくで生きている。とりあえずできることを全力でやるしかないかと思っていたものの。ちらりと火縄を見る。カリムのことも思い出す。私は結構いろんなことから逃げている。だからせめて。一つずつでも。
「駄目だねえ……」
「そうか」
火縄はそれ以上なにも言わなかった。火縄が言うように、確かに、いくらか楽になった。やはり私は、手を伸ばすしかないのである。
今夜もまた、夢を見る。
同じように手を伸ばす。それを望まれていると思うからだ。私も、そうしたいから手を伸ばす。
すると今日は、その手が、師匠の腕を掴んだ。
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20230705