火縄反撃編end
困難な状況に直面した時、あるいは戦いの最中。あの人だったらどうするだろうか。とまず考える。考えようと思っているわけではない。頭に浮かぶのはいつもあの人の姿だ。必要最低限のことしか話さず、いつも難しい顔をしていたが、的確であったし、なにより強かった。
一日に一度はこれからどうするか。ということを考える。何度考えても答えは出ないし、師匠ならばきっと、こんなに面倒なことにはならないだろう。一定の距離を置いて、誰にも期待というものをさせない人だった。あの人に想いを寄せていた人もいたけれど、あの人の足を止めることはできなかった。ただ。
ただ私だけが、こちらを振り返る姿を知っている。
「調子はどうだ」
「桜備大隊長」
無心でダンベルを上下させていたところだった。持ち換えて、反対の手で同じように手を動かす。
「調子はいつだっていいですよ」
「恋のほうは?」
「そっちはいつだって駄目ですね」
「はははっ! 魔性だな!」
「私から最も縁遠い言葉だと思うんですが」
桜備大隊長は豪快に笑って私と同じように筋トレをはじめる。魔性。私が返事を保留にしていることが全ての元凶だ。いや、思えば師匠も確かなことは言わなかったかもしれない。もしかしたら。私を待っていた、というより、追いかけて来てくれる誰かを待っていたのかもしれない。
「答えは出そうか」
私の場合。私が好き勝手やって歩いて行く後ろを、あの二人が追いかけてきてくれている、と言い換えることもできそうだ。
「出なくたって出さなきゃ納得しませんよ、あの二人」
「三人だろ」
桜備大隊長が私を指差す。自分の胸のあたりに手を置いて、息を吐く。振り返ると火縄とカリムがいる。そういうイメージが湧きあがる。あの二人を待たせている。私はどちらかを選ぶつもりでいる。選ぶつもりでいるのか。いいや、やっぱりわからない。
「……そうですね。私がまず、納得しなきゃいけない」
「だろ?」
「がんばれよ」と言われてしまった。なにをどうがんばったらいいのだろうか。そんなことは誰にもわからないけれど。適当にすることはできなかった。
「桜備大隊長」
「ん?」
「ありがとうございます」
「ああ! 式には呼んでくれよ!」
反応に困る言葉ではあったが、私は笑っていたと思う。窓の傍へ寄って空を見る。いくらか楽にはなったけれど、焦燥感は常にある。チリチリと炙られるような痛みがあって、私は深く息を吐いた。
「……あの頃だったら、それしかないと思えていたのに」
結局。師匠のように追ってくる人を振り切る程には強くなりきれていないのかもしれない。あの人だったら、どういう言葉を今の私にかけるだろうか。いいや。
「問答無用で、殴られるだろうな」
私は自分の大切な人の心を荒らしてばかりいる。
はあ。再び溜息を吐いて、眠くなるまで書類仕事をやって、落ちるように眠った。
――数日後、桜備大隊長が皇国軍に拘束された。
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20230705