火縄反撃編03


夜に調理場へ向かうと、大抵の場合火縄と出くわす。明日の準備をしていたり、足りないものがないか確認していたり、色々だ。案の定、今日も明かりがついている。どうせ火縄であろうと欠伸をしながら入って行く。
火縄は私の顔を見るなり、フライパンを構えて言った。

「夜食か」
「買い置きのウインナーでも焼こうかと」
「つまり、夜食だな」

夕食が足らないわけではないのだが、夜待機していると食べたくなる。火縄は頷いて私が焼きに来たウインナーの袋を冷蔵庫から引っ張り出す。その通り。

「夜食だ」

それはいいのだが、火縄に見つかるといつも私の簡単な夜食はちょっと手の込んだものになる。例えば、ウインナーを焼くだけの予定が、今日は炒飯が出てきた。嬉しいけれど、申し訳なくなる。火縄の料理は人気がある。
お茶を入れて、二人だけで向かい合って食べている。

「プロポーズのことだが」
「なんだ喧嘩か?」

その話はするなと言ったはずなのに。火縄は構わず続ける。

「本当に、なかったことにするしかないのか」
「いや、あれから何年経ったと思って」

私は大きく溜息をついた。長く、火縄からは離れていて、私の中では、それはもう終わった話だったのだ。今更好きだとか言うから、ちょっと動揺しただけで、あの時の私がかわいそうで怒りが湧いただけである。
火縄はじっとこちらを見る。それは違う、が、どう説明したものか。

「私は」

考えてから、どうにか伝わればいいと本当のことを話す。

「たぶんその後、師匠のことが好きだった」
「……初耳だが」
「誰にも言ったことないっての」

加えて、好きだな、と明確に思ったことはない。ただ、考えてみれば、無理矢理連れ回されていたが、憎んでいたわけではないし、出来る限り力になれればと思ってもいた。

「私のことを買ってくれていたのは、嬉しくもあった」

半ば自棄になって訓練に打ち込んでいた。色々吹っ切る為だったが、しかし、それが吹っ切る為ではなくなった瞬間があったはずだ。師匠はとんでもなく強かったが、物腰の柔らかい、優しい人であった。……まあ、足手まといになるからという理由で一人でいることも多い人だったので、残酷な面もあったが。

「お前の師匠は、お前を使って、なにを目指していたんだ」
「ははは」

笑ったのは、ちょっと口にするのに勢いの要る言葉だからだ。
吸い込む空気が震えていたのは、私の唇が震えていたからなのかもしれない。

「――世界平和」

焔ビト、人体の自然発火に限らずに、全ての争いをなくすために、誰よりも強くなろうとしていた。
「それは」火縄が言葉を失っているので、それはそうだとまた笑う。

「その荒唐無稽な夢が実現するしないに関わらず、選ばれたことが嬉しかったんだよ」

正確には、そう思うようになっていた。長く過ごす内にそちらへ寄る、というのはなんというか、私が人を好きになるパターンなのかもしれない。火縄と一緒にいなかった時間というのは、例えばカリムと一緒に居たり、師匠と一緒にいたりした時間であるわけだ。

「だから忘れてたな、火縄のことは」
「名前」
「武久のことは」

たまに思い出すこともあったのかもしれないが、今となってはよく覚えていない。

「そうか」
「武久だって、別に四六時中私のことを考えていたわけじゃないでしょ」

私と一緒にいなかった時間が火縄にもあり、火縄は火縄なりに日々を過ごしていたはずだ。悩むこともあっただろうし、嬉しいこともあったはずだ。

「そうだな」

途端、こうやってまた顔を突き合わせて夜食を食べることになっているのが不思議に思えた。「そうだな……」嫌に神妙に呟くのを聞きながら、いつもより有難がって炒飯を完食した。ウインナーもただ焼かれるより名誉だったことだろう。


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20230405

 

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