20220214/部長


『材料を買った』という投稿の後に、更に『作りました』という投稿がある。写真付きで、テーブルの上に置かれたレシピ本などが映り込んでいる。如何にも、好きな人の為にがんばりました、という風だ。ページを更新し続けていると次の投稿が投げられる。『駄目だ。緊張してきた。自分で食べようかな』そうは言うが、きっと彼女はキッチリラッピングをして本命に手作りのチョコレートを渡すのだろう。他の連中に配る用のは市販品だ。とは言っても貰って嬉しい方が良い、と思ったのか有名な店のチョコレートだった。それも事前に投稿されていたから知っている。『お配り用』らしい。ちなみに俺はこの投稿を見た後同じものを買った。味は悪くない。彼女に親しい人たちはこれを貰うらしい。センスがいいと言う他ない。
「俺には、ないだろうな」
元々、もらえないことを見越している。故に貰った体で同じものを購入した。ただ、それでも、なまえがこのまま俺以外の男へ本命のチョコレートを渡すのを黙って見守ってもいいものか、とは思う。暗い部屋でディスプレイの光に顔を照らされたまま、ページの更新ボタンを押し続ける。カチ、カチと規則的なクリック音が続く。
いくら嫌われているとは言え、チョコレートが欲しいアピールくらいは許されるのではと思い、一週間前に「チョコレートが欲しいんだが」と俺にしては珍しくストレートに口にしてみた。正確には、しようとした。実際はどうだったかと言えば「チョコ」と言った瞬間に「あ?」と凄まれて何も言えなくなった。人間の感情は風化するものだ。そろそろ怒っていないのではと思ったが、彼女の本命の前で彼氏面をした罪は重く、俺は彼女に嫌われている。
『がんばろう』明日、二月十四日。彼女は頑張ってしまうらしい。本命にチョコレートを渡して告白とかをするのだろうか。考えるだけで内臓をひっかきまわされているみたいに胃から下あたりがビリビリする。彼女は徹底しており、俺の顔を見るだけで眉間に皺を寄せ今にも舌打ちしそうに表情を歪めている。俺としてもそんな顔をさせるのは本意ではないので彼女を遠くから眺めている。俺が側にいない時はよく笑う。
「俺にはない」
いっそ本命とくっつけば俺のやったことは許されやしないだろうか。だが、くっつかれたら俺はどうなる。彼女の恋人となった男を殺す計画を考え始めなくてはいけなくなる。もしくは、自然に別れさせる方法だ。まだ、そんな日は来ないでほしい。フリーでいる間は夢を見ていられる。割と平和な夢である。ただ、できれば彼女に笑っていてほしいとというだけの、ささやかな夢だ。
「とは言っても」
クリックし続ける手を動かしてディスプレイに触れる。彼女が生み出した文字をなぞって写真をつついた。
これがほしい。
ノートパソコンの前で項垂れて溜息を吐いた。憂鬱である。憂鬱だが、この憂鬱にもすっかり慣れてしまって、俺はそのままパソコンの前で眠っていた。



どうしてこんなことになるのか。私にはさっぱりわからない。理不尽がすぎる。夢であってほしい。夢であっても不愉快極まりないが、現実であるよりマシだった。
私はどうして、大黒部長と密室で向かい合っている?
「簡単なことではある、だろう」
部長はそわそわと私のカバンを見ながら言った。仕事の道具と、昨日手作りしたチョコレートが入ったカバンだ。
とりあえず同僚とお世話になっている人にチョコレートを配り、仕事中に糖分補給と称して余っていたものは食べてしまった。手作りの、いわゆる本命に渡す用のものだけが残った、その瞬間であった。
瞬きの瞬間に目の前からパソコンは消え、手元にあったペンも消え、ーー正確には、あの部屋から消えたのは私で、なぜか鞄だけは一緒に飛ばされていた。慌てていると目の前の部長と目が合った。彼もほぼ同時にここへ来たようだが、いつもの笑顔のままで「奇遇だな」と言った。なにかしたのか真っ先に疑ったが「やっていないし、やったとして、一体どうやって?」と言われてしまえば黙るしかなかった。
部屋を一通り調べれば、唯一ある出入口には「二人でチョコレートを食べないと出られない部屋」と丸い書体で書かれている。一度思い切り扉を蹴ったがビクともしなかった。
仕方が無いので二人揃って中央に置かれたテーブルに戻り、今に至る。
鞄だけ一緒に飛ばされたのはそういうわけである。なんの温情がしらないが、どの道殺意が湧くことはあれ、感謝はできない。
私はため息をついてカバンの中身に視線を落とす。告白するつもりだったのに。昨日、かなり気合を入れて作ったのに。チョコレートくらい準備しておいてくれればよかったのに。現地調達しようとするんじゃない。このイタズラをしかけた人間はとんでもないケチに違いない。はあ。
「まだ、えっちなこと要求された方がマシだったな」
「んっ!?」
大黒部長は勢いよく立ち上がり鼻息荒く身を乗り出してきた。顔は赤いし、室温が二度くらい上がった。
「俺とえっちなことができるのか君は……!?」
「これって、部屋から出たらチョコレート返して貰えるんですかね」
「あああとで返すならなにをしてもいいということか!」
うるさいし鬱陶しい。慌てように反してゆっくり近づいてくる手が気持ち悪くて睨みつけた。大黒部長はぴたりと動きを止めて一度深呼吸をした。
「すまない、取り乱した。そんな顔しないでくれ」
「渡すだけなら後で返して貰えますよね」
「それはまあ、この部屋の判定次第だな」
「どうぞ」
できるだけぞんざいに見えるように手渡した。大黒部長はこちらに何か言いかけたり、チョコレートを手に取ろうとしたりやめたり忙しそうにしている。向けられる感情の全てが重いしべたついている。
「……どうぞ」
「ありがとう」
私のチョコレートを両手で受け取ったことを確認して部屋を開けようとした。二人でチョコレートを食べないと、というプレートが揺れた。食べてはない。やはり、手渡すだけでは不十分らしい。
何度もガチャガチャやっていると、部長がわざとらしく咳払いをした。
「んん、なら、その。ここで、食べる必要があるんだろうな」
仕方が無いので席に戻って箱をひったくりリボンをその辺に捨てて蓋を開ける。「随分気合を入れたんだな」まるで、部長のために頑張ったみたいな顔で感動しているので事故に見せかけて足を蹴った。「すいません」軽く謝罪をして、自分で作った自信作のチョコレート菓子を口に入れる。畜生。美味しい。
「早く食べて下さい」
部長は一口食べて、大袈裟に咀嚼している。心底嬉しそうな笑顔がひたすらに不快だ。
「美味しかった。君は本当になんでもでき……」
部長が言葉を止めるのと、私の目から涙が落ちるのは同時だった。
なんて酷い日だと思う。この男はなんだか知らないが世界まで味方につけて私が作りあげた本命チョコを食べている。今日にかけて来た私の想いに行き場がない。
「お、俺のせいじゃないだろう?」
「そうですね」
私はまだ部長が仕組んだ可能性をすてていないが、証拠もないのに責めるほど分別が無くはない。ただやはり、堪えていた感情がこらえきれなくなってしまった。
「飲みにでも行くか!」
「絶対に行きません」
「ぜ、絶対にか」
絶対に。涙を拭って部屋から出た。大黒部長は黙って後ろをついてくる。もしかしたら隠してるつもりなのかもしれないが声が浮かれていて本当に不愉快だった。
結果だけ見れば、私は大黒部長に本命のチョコレートを渡している。
「大黒部長」
「やっぱり飲みに行くか!?」
「今日のチョコレートの事は誰にも何も言わないでくださいね」
「……」
「返事」
「つまり、二人だけのひみつか」
「なんでもいいですけど事態がこれ以上悪化したら許しませんから」
「ああ」
部長は大変にいい笑顔でニコリと笑った。まるで、悲願だったことが達成されたみたいな嬉しそうな顔である。


--------
20220213

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -