遊んでやってる/大黒


会議と会議の合間の僅かな時間に、彼女のデスクに近寄りコーヒーを差し入れながら話しかけた。いつでもぴんと伸びた背中だとか、どれだけ忙しくても涼し気な目元に癒されに来た。大した会話はできないだろうが、俺はそれで満足である。上司というよりは恋人としてちょっとしたコミュニケーションが取れればいい、そんな風に思っていたが、彼女は俺の予想よりずっと暇していたらしく。「調子はどうだ」と聞いた俺を見上げて一つ頷いた。

「よし、じゃあ、こんな機関車がいたらトーマス君たちは事故を起こさなくなるっていう、世界観をぶっ壊すキャラクター考案大会をしましょう」

最初から最後までなにもわからない。
やるならやるで事前に情報収集する時間をくれ。彼女は普通に普通の社会人としての視点を持ち合わせているのだが、時々こうしてどこかへ飛んで行ってしまう。試すように提案されたことになんとかついていこうと口を開いた。「ど」

「どのくらいの規模のコンペにする?」

そういうことではないことくらいわかっている。
猶予が与えられればいくらかマシな話ができるのではないか。戦略的な先延ばしだ。冷たい汗がじわじわ湧いて来る。彼女は構わずメールを眺めながら言う。

「線路を走るキャラクターじゃないほうがなんとかなりそうな感じがするんで、なんか戦闘機とか増えてみたらどうかと思うんですけど」
「いきなり機関車じゃないな!?」
「まあでも普段なんの仕事するんだって感じで、トーマスの世界観に馴染みそうにないですね」
「馴染んだら事故を起こすんじゃないのか」
「じゃあ部長の番ですよ」
「嘘だろ」

そもそもそのアニメに詳しくない。彼女の言葉のみが貴重な情報源だ。そこからどうにか話を繋げるしかない。これを逃せば、次はいつ彼女から遊びに誘われるかわからないのだ。
機関車でなくて戦闘機でいいなら、もうなんでもありだろうと『事故を起こす』の部分のみ汲み上げて提案してみる。

「管理職のキャラクターはどうだ? 優秀で、部下をしっかり教育するような」
「人間一人じゃあなあ。ソドー島は広いから。トップハム・ハット卿を動かそうとすると機関車がスト起こすし」
「十人兄弟とかならいけないか。この際顔は同じでいい」
「トップハム・ハット卿と設定が被っているので」
「十人兄弟の部分か? 顔が同じの部分か?」

「顔」なまえは自分の頬をゆるくつまんで言った。むにむにしている。俺もつつかせて貰っていいだろうか。反対側の頬へ手を伸ばすと、彼女はくるりと椅子を一回転させて俺の手を弾いた。きゅ、と椅子を止めて再度パソコンの画面に視線を落とす。

「いきなり管理職を十人増やすのはリスキーでは?」

突然まともにならないでくれ。
が、確かにいかに兄弟とは言え常に完璧に連携が取れるとは限らない。いや、架空のキャラクーなのだから取れてもいいと思うが。彼女が真面目な顔で言うので思わずこちらも冷や汗を流しながら真顔になって頷く。

「君の言う通りだ」
「まあでも自我がある以上事故らないっていうのはな。いや、事故らないはまだしも事故らせないっていうのは難しいですね。線路を増やしても、その整備をする過程に何が起こるとも知れないし」
「ああ、そうだな」
「催眠術とかかけられたらこう……全員操り人形にして……ちょっと自我なくなりますけど事故はなくなりそうな……」
「よし、君の優勝だ!」

メールのチェックが終わったらしい。メールボックスを閉じると画面右下の時刻表示を確認してぽつりと呟く。体を伸ばしてから薄い腹を右手で撫でる。

「……お腹空いたな」
「昼は一緒に食べに行くか」
「いえ、昼はリヒトくんと元素記号を擬人化する遊びをする約束があるので」
「なんだと? 俺以外ともこういう遊びをしてるのか? 俺だからこんなおかしな遊びを仕掛けてくるんじゃないのか君は」
「部長はそろそろ次の会議の時間ですよ」
「いや、そうだが」

誰に聞いても彼女は大人しくて真面目だと言う。だから、彼女がこんなよくわからない遊びを仕掛けて来るのは俺へだけで、それだけ心を許されているのだと思っていたのに。彼女は単に遊びに付き合ってくれる人間が好きなのかもしれなかった。二か月ぶりに約束までこぎつけた週末のデートについて考えてどうにか心を落ち着かせる。大丈夫だ。彼女はおかしな遊びが好きだが恋人を二人持ちたいと思うようなタイプではない。

「……ほどほどにな」

俺もまた右手を腹に当ててその場を去った。


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20211107:ある意味では信頼されている↓おまけ

「部長、なんだか疲れてますね」
「うきうきするな。別に疲れていない。なまえが遊んでくれたからむしろ機嫌がいいぞ」
「どうせなら途中で飽きずにもっと弱らせておいてくれればいいものを」
「俺は飽きられていない。減給」

 

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