お土産話/大黒


視線を感じて大黒部長の席を見るが、思い切り視線を逸らされた。私はため息をついて後輩にそれを渡す。旅行先で買ってきたお土産だ。有給を取って行ってきたので渋々会社にも買ってきた。部署のみんなに配って回ると、最後に五つ残った。足りなくならないように個数はちゃんと見ていたので、予定通りだ。あとは部長に渡すだけである。
また視線を感じて部長の方を見ると、部長は涼しい顔をして仕事をしている。顔はいつも通りだが、持っているペンが反対である。

「部長」
「うん? どうした?」
「ひとつどうぞ。お土産です」
「ああ、さっきから何をしているのかと思えば、これを配っていたのか」

大黒部長は落ち着きなく私の手元の箱を覗き込んだ。「有名どころだ。さすがのセンスだな」逆さにペンを持ったまま褒められても。部長の視線はやけに色んなところに泳いでいる。

「ありがたく頂こう」
「どうぞ」
「……」
「……」

部長は指をピタリと止めて黙ってしまった。「どうしたんですか」またなんだかおかしなことになっていることはわかる。が、この人の思考は全く読めない。夕日を見ていただけなのに突然泣き出した時は本当に驚いた。ここはみんなも居るし目立つことはしないだろうが「いや、その、だな」部長は言う。

「一つずつ、か?」
「いくつか余ってるので、二つくらい持ってって頂いてもいいですけど」
「他の奴らも二つだったか?」
「いえ」

普通はひとつずつだ。わざわざ二つ欲しいなんて余程のことでなければ言われない。部長はお菓子に伸ばした手の形をゆっくり変えていく。三本指を立てようとしていたが、三本目は引っ込んで二本。微かに震えている。

「ふたつ、貰っても……?」
「ああ、はい、どうぞ」
「……!」

部長はハッと顔を上げたかと思うと口元を手で覆って、しかし緩んだ顔全ては隠せていない。「それはどういう感情なんですか」うっかり聞くと、部長はぱたぱたと顔を仰ぎながら笑う。

「ああ、気分が良くてな。他の連中よりひとつ多いわけだろう? ありがとう。大事に頂くよ」

二つ、丁寧に取ってにこにこしている。今日日、小学生だってお土産を貰ったくらいでこうはならない。部長のこういう反応に慣れてきてしまった私は口を滑らせる。

「もうひとつどうぞ」
「……それは、どういう感情なんだ?」

どういう感情なのか。よくわからないが、喜ばれるのは悪い気分ではない。と言うか、この感情をあまり掘り下げてはいけないような。

「あまりに喜んでくれるので、おまけを付けたくなったんですよ。もういっそ余り全部差しあげましょうか?」
「また君はそうやって不用意に俺を喜ばせて、どうするつもりだ?」
「どうもしませんけど、部長の機嫌がいいとみんな喜びますよ」

ずい、と箱を差し出すと、部長は、大変に幸せそうにふっと笑った。私が前に立っているから、この笑顔は私にしか見えていないのだろう。勿体ないような気がした。「そうか。そういうものか」部長はそっと箱を押し返して言う。

「残りは君が食べてくれ」

意外だ。全部持っていくと思ったのだが。やはり、私の読みなど当たらなくて、この人の考えることは私の頭では到底ーー。

「安心したまえ。俺はもう胸がいっぱいだ。一ヶ月は持つぞこれは」

大黒部長の機嫌が気持ち悪いくらいにいい、という話は、彼の予告通り一ヶ月間呟かれ続けていた。


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20210808
机にお菓子転がしてにやにやしてる部長が見たい

 

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