黒野夫婦シリーズ06


ケーキが食べたいと思った。疲れているからかもしれないし、今日は珍しくよく頭を使ったからかもしれない。あるいは、なにか別の栄養素を求めているのだろうか。いちごがのっているやつが食べたい。ケーキを食べなければ気が済まないような気がして交差点を右へ曲がった。家に帰るのなら左だ。
私がケーキを買うのなら、当然、優一郎くんのも必要だ。私は割合になんでも食べるが、彼の食べ物の好みは堅いか柔らかいかという食感にしか寄らず、大変にわかりやすい。彼は本当に「柔らかいよ」とさえ言えば何でも口に入れるのでいつも少し心配になる。
ケーキなどというものは大抵やわらかい。強いて言うならボトムの部分とか、乗っている果物はケーキ本体に比べれば硬いかな、という程度である。何を選んでも良さそうだが、できることなら彼の気分のやつを当てたいと思う。
町の小さな洋菓子店に入ってショーケースを眺める。端から順番に見ていくと、この店の一番人気であるフルーツロールが残っていた。「すいません、フルーツロール一つと」いちご。いちごのタルトはぎっしりいちごがのっていてうっかりときめいてしまった。しかし、昔優一郎くんに「一口くれ」と言われブルーベリータルトの皿を差し出したら、一番下の層をから上を器用にすくって食べられたことを思い出した。――「こいつらは小さくて弱そうでいい。すぐに潰れるしな」同じ理由でイクラにハマっていたこともあった。意味が分からない――タルト生地の部分。あれはあれで美味しいのだが、最終的に何を食べているのかわからなくなったので、無難にショートケーキにする。これなら柔らかい部分が全部取られてもいちごは残る。優一郎くんには見るからにふわふわしている黄色の生地に覆われたドーム型のケーキにした。中に固いものが入っていたら面白い顔をするだろうなと思い、中に何が入っているのか、確認せずに買った。駄目そうだったら私が貰えばいい。
「ありがとうございました」店員さんの明るい声に送られて店を出る。紙袋を揺らさないように気を付けながら上機嫌で先ほど右に曲がった交差点まで戻る。

「俺に黙って寄り道か」
「あれっ、優一郎くん」

夫婦である二人が、こんなにぴったりと同じタイミングで交差点に差し掛かる確率というのはどれくらいあるのだろうか。私は一人で感動した。どちらからともなく連れ立って歩き出す。優一郎くんも、私と似たような大きさの紙袋を持っている。私が紙袋を見ていると、優一郎くんも同じ顔で私の持っている紙袋を見ていた。

「優一郎くんも寄り道してる」
「ケーキを買った」
「なんでまた?」
「たまたま目についたからだ。お前のそれはなんだ」
「これもケーキ」
「なんだと」

優一郎くんは私から紙袋を奪い取り、そこに書かれている店名を確認していた。彼も知っている店だから、すぐに、私がどこでなにをしていたのかわかったことだろう。

「なんで買うんだ」
「いや、食べたくて。優一郎くんのもあるよ。いらなかった?」
「わかりきったことを聞くな」

優一郎くんはそのまま紙袋を一つにまとめて歩き出した。会社用の鞄も一緒に持っているのでケーキの箱が傾いているが、彼は気にしていない。それよりも、空いた手で私の手を掴むことの方が重要だったらしい。ぴたりと手のひらをくっつけて手を繋ぐ。

「お前が買った分は俺が食う」
「いいけど、優一郎くんが買ってきた方はいちごのってる?」
「忘れたが、のっていなければ俺のを分けてやる」
「元々は私の……、まあいいけど……」

優一郎くんは突如、雷に撃たれたようにハッと体を跳ねさせて、私を見下ろし、にやりと笑った。これはろくなアイデアではないな、と思いながら優一郎くんの『名案』を聞く。

「俺のを、口移しで分けてやる」
「優一郎くん、ほんとそういうの好きねえ」

「今夜はこれで決まりだ」そういう用途で買ったわけでは断じてないし「食べ物を粗末にしてはいけません」私が言うと、優一郎くんは私の手をぐいぐい引っ張って次の交差点を左に行ってしまった。一体どこへ。

「買い物だ。それ用のいちごがあればいいんだろう」

よくはない。が、彼もすっかりいちごに心を奪われているようなので、好きにやらせておくことにした。


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20210529:
キーリさんにリクエスト頂きました、黒野夫婦シリーズ夢でしたーーーありがとうございました!
ligamentさまからお題お借りしました。お題【気まぐれ交差点】)

 

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