こんなのおかしい/大黒


声をかけるタイミングは当然として、プレゼントの中身には一分の妥協もない。これならば、絶対に喜んでもらえるという確信がある。彼女が受け取りやすい口実も考えた。かと言って、プレゼントの価値が低くなりすぎないように注意をする。『君だから』ということを伝えていきたい。あくまでさりげなくだ。後から考えたらちょっと意識してしまうくらいが丁度いい。
予定の時間マイナス十五秒、廊下で彼女とすれ違ったので呼び止める。「なまえ」なまえはくるりと振り返り「はい」と返事をして立ち止まった。人目があれば場所を変えるつもりだったが、他には誰も居ない。ここでいいだろう。

「これを貰ってくれないか」
「仕事ですか?」
「ハハハ。そうじゃない」

「これだ」言いながら小さな紙袋を彼女に手渡す。彼女が雑誌やインターネットでチェックしていたブランドの入浴剤である。「入浴剤に一万はなあ」と同僚と話しているのも聞いた。「誰かがプレゼントしてくれたらなあ」とも言っていた。「一生ついていきますって感じ」とも。一生ついてきてくれたらいい。ちらりと彼女の表情を窺うと、案の定若干困惑している。「え、でも、これ」中身を確認してこちらに押し返そうとしてきたので、ぱっと紙袋から手を離す。

「いいんだ。君が欲しがっているのを聞いてしまってな。それがどうにも気になって、気が付いたら買っていたんだ。家にあっても持てあますだけだし、返品するというのも微妙な話だろう? 人助けだと思って貰ってくれ。どうしても気になるのなら、誕生日プレゼントだと思えばいい」

「ええ……?」予想より長い時間困っている気がして汗が出る。気にせず、もっと手放しに喜んでくれればいい。なんなら次は何が欲しいのか言ってくれてもいい。まあ、これだって彼女が欲しがっていたには違いない。今に満面の笑みが真正面から見られるだろうと期待していると、なまえは手元の紙袋を見ながら感嘆の息を吐く。

「部長って、わざわざ部下に誕生日プレゼントを買ったりしてるんですねえ」

違う。全然全く違う。「そうじゃない、それは君に特別に」誕生日プレゼントなんて言うんじゃなかったと後悔する。なまえは受け取ってくれる気にはなったらしいが「他の人はなにを貰ってるんですかね」と、ありもしないものへと興味が移っていく。このままではまずい。どうにか『そうではない』と伝えなければ「なまえ、聞いてく」マイペースなのは良いことなのだが、はじめに彼女のペースをつかみ損ねたせいで置いていかれている。伝えたいことの半分も、いや、三分の一も伝わっていない!

「そういうことならありがとうございます! 残りの仕事もがんばります!」

伝わっていないが、なまえはにこりと笑ってぐっとガッツポーズをした。無邪気だ。受け取ってはくれるらしいし、喜ばれてもいる。本来の目的の達成率としては悪くないような気がしてきた。

「あ、ああ、そう、そうだな。頑張ってくれたまえ」

これじゃあただの良い上司だ。

「……まあ、いいか。喜んでいたしな」

良い上司には間違いない。今日のところはこれでいいだろう。



などと。
意志の疎通率を軽視したのがいけなかった。
十六時頃、外回りから帰ってきた黒野がバカでかい溜息を吐きながらデスクに戻って来た。報告書の山と今から格闘するのだろう。余程その作業をしたくないらしく、ポケットの中身を取り出し、デスクの端に並べ始めた。ポケットティッシュがいくつも出てくる。どうでもいいが一体何故。パッケージには動物のイラストが描かれていた。
俺のなまえが「ああっ」と声をあげる。

「黒野くんそれいいなあ!」

そしてあろうことか黒野に飛びついた。正確には、黒野が並べるティッシュにだ。黒野は間抜けな顔でなまえを見つめ、並べている途中だったティッシュを摘まんで振る。

「ただのポケットティッシュだが」
「その絵! 好きなデザイナーさんのやつ! どこで配ってた?」
「駅前だ」
「いいなあ!」

ここ一番のテンションの高さだ。「帰りもまだ配ってるかなあ」許可を出したら今すぐに行くと言い出しかねない勢いである。黒野は同僚のかわいらしい女性がはしゃぐ様子とデスクに積まれた書類の山を交互に見てから言う。

「欲しいならやってもいい。絵柄は全部で五種類で、全種類ここにある」
「ティシュ配りって普通一つじゃない? なんで全種類?」
「貰ったんだ」
「奪ってない?」
「配るのが面倒だったんだろうな。一気に五つ配っていたので貰ってやった。人助けだ」

ティッシュを貰う段階ではそんなことは考えていなかっただろうが、なまえは目をきらきらさせながら黒野からティッシュを受け取り、うっとりと絵を眺めている。俺の手の中でペンがばきりと音を立てた。

「ありがとう。黒野くん今日はやけに優しいなあ! くれるって言っておいて目の前で燃やされるかと思った!」
「それも楽しそうだとは思ったんだが、今日はお前に仕事を押し付ける方がいい」
「その程度でいいならおっけーおっけー!」

なまえは黒野の仕事を快く引き受けた。あれは相当な量のはずだが、それよりも黒野に貰ったポケットティッシュが嬉しいらしい。ポケットティッシュたちは彼女のデスクに綺麗に並べられた。「うーん。かわいい」ものすごく嬉しそうにしている。なんだあれは。いや、彼女が嬉しそうなのは構わないが何故今日なんだ。今頃彼女は俺からのプレゼントのことなど忘れているに違いない。「今日はいい日だなあ」なあそれは俺からのプレゼントのことも含めてそう言っているんだよな?

「本当にありがとう! 黒野くん大好き!」
「俺も俺の仕事を完璧に片付けてくれるお前が大好きだぞ」

これはあきらかに、ふざけあっている。それはわかる。黒野もなまえもお互いになんとも思っていない(はずだ)。だが、どういうことだ。俺の時にはなかったじゃないか。俺の時にも、同じようにふざけて欲しかった。例えおふざけであっても「部長大好きです」を引き出せなかったことがただただ悔しい。

「明らかに俺より喜ばれているじゃないか……!」

音を立てないようにデスクを叩いて、今まさに見た彼女の反応や笑顔を反芻する。天使。彼女の目の前に立っていたのは黒野だった気がするがきっと気のせいだ。俺の姿に置き換える。クソ。上手くいかない。ちらりと彼女を盗み見ると、ティッシュが余程嬉しいのだろう。用もないのに黒野に微笑みかけているところだった。もう二、三度、デスクを叩く。寸止めだが。

「クソ、どうしてポケットティッシュなんかに負けなきゃならない……!?」

誰にも聞こえない声で言う。手は拳を強く握りすぎて震えている。次こそは彼女に満足して貰える贈り物をしよう。菓子もコスメも成果はイマイチだった。服か、アクセサリーか。どれも絶対にティッシュには勝っているはずなのになぜだか勝ち筋が見えない。彼女はあの絵を描いた人間が好きだと言っていた。ならば、違う絵の違うグッズを渡せば喜ばれるんじゃないのか。だが、あれだけ好きだとほとんどのグッズを集めているのかもしれない。よし、未収集アイテムの目星をつけるところからはじめよう。
黒野は減給だ。彼女からの『大好き』の代金だと思えば、安いものだろう。


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20210425

 

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