弱肉強食/黒野


「なまえさん。特別手当が欲しいんだが」

と、灰島重工の誇る(誇れるかどうかはわからない)最凶、優一郎黒野は言った。
私は三秒ほど考えた後、無視することにした。

「なまえさん。聞こえていたか?」

聞こえているとかいないとかじゃなく、聞きたくない。聞かなかったことにしたい。この男のことだから恐らく給料をあげろとか休みを寄越せとかそういう話ではないのだろう。私が執務室の黒野以外の人間に視線を走らせると、全員揃って席を立って逃げて行った。なんて奴らだ。誰もこちらに関わろうとしない。普段は気のいい部下なのだが。こういうとき全く役に立たない。
……とは言え、相手がこの男では、しょうがない、のかもしれない。

「……」
「なまえさん」
「……なんで、特別手当?」
「さっきなまえさんの部下に絡まれたんだが、見逃してやった」
「それはありがとう」
「心から感謝されて謝礼もあってしかるべき事案だ」
「……で、なにが欲しいって?」

黒野は私の顔からやや視線を落とした。
……なんだ? ……は? 胸か?

「触らせてくれ」
「帰れボケ」
「一分でいい」
「なに? 黒野死にたいの?」
「一分だ」

言いながら、真っ直ぐ私の胸に手を伸ばしてくるからそれを叩き落し「やめろバカ」と椅子から離れた。

「……なまえさん。社長から許可も下りているし、俺はなまえさんの胸を揉む権利がある」
「なんで下りてんだそんなもん……、ないわそんな権利……」
「ある。何故ならば俺はそのうちなまえさんを嫁に貰うからだ」
「やべェ……、この会社にいたらあり得るな……、はやく転職しなきゃ……」
「何……? 俺のところに永久就職……?」
「しない」

じり、と黒野が迫って来るので、私は窓から飛び出て外に逃げる。まともに相手をしていたら絶対に長引く。すぐに追いかけてくるが、事鬼ごっこに関して相手が黒野であろうが負ける気はしない。
あいつの今日のスケジュールは確か、このあと二十分後から例の能力研究所で戦闘実験があるはずだ。それにはいくだろうから、その時間まで逃げ切ればひとまず今日はあの男の妄言に付き合わなくてもよくなる。

「時間の無駄じゃないのか。なまえさん」
「時間は無駄だけど私の尊厳は守られる」
「そんなに嫌か」
「嫌に決まってる」

黒野が大きく溜息を吐く音がした。「しかたがない」とも言った。
私はちらりと振り返ると携帯電話を取り出して―ー「もしもし、社長ですか」「ええ、はい、そうなんです、やはり」「ありがとうございます、お願いします」――黒野が電話を切ると、一秒後に私の電話に着信。社長から。

「一分くらい揉ませてやれ。君にはまだ片付けるべき仕事が残っているだろう。時間を無駄にするな」

いつかこの社長も黒野も殺そう。
そんな決意がみなぎった。
とりあえず一分間わざわざ服の下に手を突っ込んで好き勝手触って行った黒野は一発本気でぶん殴っておいた。


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20191108:どうしても揉ませたかった。いいおっぱいの日らしいから。

 

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