ALLIANCE/黒野


午後十一時六分。メールが来た。添付ファイルだけが付いた、タイトルも本文もないメールだ。知り合いのアドレスでなければ即迷惑メールと判断して削除している。削除しなかったのは、差出人が『優一郎黒野』となっていたからだ。しかたがないので開くと、添付されていたのは一枚の画像データだった。一体なんだと確認する。それは、自称死神のおじさんの全身写真であった。何故か、上半分の服がない。不気味なことに、真顔で、不愉快なことに、自撮りである。
なるほど正気ではないないな。即座に削除し、そもそも届かなかったことにしてから眠った。きっと何かの間違いであろう。と、その時は思う事ができた。

「どうして、返事をくれなかったんだ」
「どうして、返事があると思ったんですか」

間違いじゃなかった。
なまえは書類を乗り越えてデスクに手をつき顔を近付けて来る男と目を合わせた。同僚達は見て見ぬふりで、なまえになにか用があって近付いて来たらしい女性社員はそそくさと自分のデスクへ戻って行った。
優一郎黒野は鼻息を荒くして、更になまえに詰め寄ってくる。

「なら、今感想を教えてくれ」
「どこがどうして、なら、となるのか教えてください」
「返事はしたくなかったということだろう。それ『なら』、今、感想をくれ」
「この人は正気じゃないんだなと思いました。以上です」

黒野はむっと唇を尖らせて、不服そうに腕を組む。なまえはノートパソコンの画面を見ながら、メールを一通ずつ確認していく。黒野が立ち去る気配はない。

「他には」
「以上です。他にはなにもないことを示したくてわざわざそう言いました」

不要なメールを削除した。緊急の要件は一つもなさそうで、なまえはメールの画面を一度閉じる。依然、黒野が立ち去る気配はなく、それどころか、なまえのノートパソコンをぱたりと閉じ、もう一度、ずい、と顔を近付けた。

「いいや、あるはずだ」
「……」
「好きなんだろう。男の裸が」

黒野は、なまえのデスクの端に置かれている卓上カレンダーを忌々しげに睨み付けた後、ノートパソコンを退けて、ノートパソコンが元々あった場所に足を開いてどっかりと座った。「ならば、絶対に、感想がある」ふん、と鼻を鳴らしてなまえからの『感想』を求めている。
なまえは面倒くさそうに眉間に皺を寄せて「そもそも、ですけどね」と下から黒野を見据えた。そもそも、だ。

「いいですか? あんな適当な自撮り送って来られたって仕方ないじゃないですか。今時小学生だってもっといい写真を撮りますよ。黒野さんは何か軽く見ていらっしゃるようですけど、特殊消防隊ヌードカレンダーっていうのはね。戦いなんです。各隊の人たちが考えに考えたポーズとアングルと、コンセプトがあるんです。それを。なんですか? 適当に自撮りした写真で張り合おうなんて片腹痛い。いやいっそ不愉快でさえありますね。馬鹿にしてるんですか? こんな写真じゃ誰の心も動かせませんよ」

「退いてください」となまえが顎をくい、と動かすと、黒野は渋々デスクから退いて、パソコンを元通りに戻した。しかし、まだ言いたいことがあるようで、カレンダーをぱらぱらとめくり、七月のページを指差した。

「これは明らかに隠し撮りだが」
「この隠し撮り写真はいい写真ですよ。ものすごくいい写真です。撮った人間の気迫が伝わってきます。絶対にこの人が一番である、というような」

「そういうものか」と黒野が言った。「そういうものなんです」となまえは仕事に戻る。キーボードで文字を打ち始めるが、やはり黒野が自分の仕事場へ戻る気配はない。携帯電話を取り出して、昨日の夜撮影した自分の写真と、カレンダーの写真とを見比べている。確かにちょっと暗いかもしれない、と思う。

「なら、お前が撮ってくれ」
「どこがどうして、なら、となるのか教えてください」
「そんなに言う『なら』、お前のこだわりとやらを見せてくれ」
「私はこだわってません。こだわって作られたこのカレンダーが好きなだけで、私が撮る必要性は一切ありません」

黒野はポケットから薄いカメラを取り出して、なまえの目の前に突き出した。

「これがカメラだ」
「これはカメラですけれども」
「そして俺が被写体だ」
「それは私が決めることです」

話にならない、となまえは息を吐いて、カメラを黒野に突き返した。今は勤務時間中で、黒野と遊んでいる暇はない。黒野は黒野で子供たちと遊ばなければいけないはずなのだが、やはり、なまえの傍から動こうとしない。「ところで、なまえ」諦めずに食い下がる。

「お前の情熱はわかった。しかし、お前も撮る側、あるいは撮られる側に回ることで、新しい気付きが得られるような気がしないか」
「ふむ?」

周囲の音が一瞬なくなり、

「それはなかなか興味深い意見ですね」

途端、ざわりと動きはじめた。なまえも黒野も周囲の反応を気にせず続ける。「そうだろう?」「被写体になってくれるんでしたっけ」「カメラも貸すぞ」なまえは真面目な顔でうんうんと頷きながら、両手の親指と人差し指でフレームを作って黒野を収める。立ち上がって、離れてみたり、近付いてみたりしながらきっぱりと言う。

「カメラは結構です。自分のカメラを持ってくるので」
「なら、まずはあれだ、もっとちゃんと被写体になる男のことを知った方がいいんじゃないか」
「一理あります」

なまえはこくりと頷いた。周囲はごくりと息を飲む。この二人をこのままにしておいてもいいのか、誰か、偉い人を呼んでくるべきなのではないか。黒野はともかくなまえには正気に戻って貰わなければならないのではないか。周囲の混乱を他所に、なまえは若干申し訳なさそうに黒野に近寄る。

「黒野さん、ひょっとして貴方も実はヌードカレンダーに憧れて……?」
「ああ、そうだな。常々(お前がよく仕事の合間に見ている)あれになりたいと思っていた」

なまえは、やはりそうか、と言う顔で頷き。黒野と固く握手をした。

「軽く見ているなんて言ってすみません。黒野さんが一番輝く写真を撮りましょう」

一緒にヌードカレンダーへの理解を深めましょう。
午前十時二十五分、ヌードカレンダー研究会が発足された。会員は、今のところなまえと黒野の二名のみである。


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20210218:クチアシさんのツイートから。遊ばせて頂いてありがとうございました。すいませんでした。

 

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