軽率に箱に詰められるver大黒


多分何者かの悪意によるものではあるのだろうが、大黒にとっては神の恵み以外の何者でもなかった。ちらりと目の前で苦しそうにしている彼女を見つめる。ひと月ほど前にした渾身の告白を「えっ、いや、部長はちょっと、いや大分無理です」と断ってきた彼女と、まさかこんなことになるとは。

「なんなんですかこの空間」
「なんなんだろうな?」
「しかも全然開かないんですが」
「ああ、開かないな?」
「なんで私までこんな目に」
「運命じゃないか?」

告白を断られて以降、大黒は開き直って所構わず彼女を口説き続けていた。本日も例に漏れず彼女を捕まえしつこく食事に誘っていたところだったのだが、そこを、何者かに突き飛ばされた。突き飛ばされた先には壁しかなかったはずだ。しかし、二人仲良くぶつかった壁は記憶にある会社の廊下の壁ではなく、気付くと四方を壁で囲まれた空間に押し込められていた。ロッカーのような、細長い空間だ。
そこに、男女が二人で押し込められれば、必然、何もかもがピタリと合わさることになる。

「部長も笑ってないで何とかして下さいよ」
「何とかしたら付き合ってくれるって言ったか?」
「言ってません」
「ならばなにもするべきことはないな!」
「この野郎……!」

入ってきたのはこちらからのはず、となまえが壁を押すがびくともしない。「畜生」と悪態をつく彼女を労うように後頭部に手を置いた。

「そんなに暴れると危ないぞ」
「危ないって一体何が、ひッ!?」

そしてもう片方の手をなまえの腰に添えてぐっと引き寄せる。何枚かの布越しではあるが、なまえの腹に大黒の固くなった性器が押し付けられた。なまえは涙目で大黒を睨み上げる。

「な? 言ったろ。危ないと」
「……離れてくれます?」
「無理だ。だが、そうだな、これを君の中にいれればその分のスペースはあ」
「最低!!」

なまえは必死で壁を押していたが、今度は大黒の体をぐいぐいと押している。どれだけ押されてもお互いにすぐ後ろが壁なのでどうにもならない。
力負けしたのと持久力があまりないせいで、抵抗はどんどん弱まっていった。動いたせいでじんわりと汗をかいた彼女の体から、香水の匂いが立ち上る。これだけ近くでないと嗅げない匂いに、大黒の体温もジリジリと上がっていく。

「君、いい匂いがするな」
「息が荒いし気持ちが悪い」
「体も柔らかいしちょっとおかしくなりそうなくらいに好みだ。なあ、その壁についてる手を俺の背中に回すかちょっと下の方に下げるかしてくれないか」
「黙って下さい」

なまえは少しでも距離を稼ごうと、無理やり自分と大黒との間に腕を差し込んでいる。大黒は意にも介さずなまえをぎゅうと抱きしめる。そして露骨になりすぎないように腰を揺らした。

「これはなんて言うご褒美だろうな?」
「私には拷問ですが、う、動かないで下さいそれ当たって痛いんですから」
「俺は気持ちいいが」
「……」

なまえは嫌悪感をむき出しに眉間に皺を寄せると、改めて大黒を押して突き放そうとした。このままではこの男の好きなようにやられてしまうと、本能的な危機感が彼女を奮い立たせていた。

「わかりましたわかりました、大人しくして黙っててくれてたら今度の土曜日にデートしますからもうほんとそれを、お腹に擦り付けるのやめてください」
「……君、それはデートの誘いか?」
「ですです、ほら、だからもう大人しく助けを待ちましょうよ」
「待ってくれ。今、土曜日君に渋々デートをしてもらう方がいいか、ここでどさくさに紛れて嫌がる君にぶち込む方がいいか考えている」
「考える余地ないでしょそれ、後者を取ったら万が一にも私が部長を好きになる可能性なくなりますが」
「いや、君は案外強引な男が好きかもしれない……」
「それは部長の妄想です」

大黒は彼女の提案を飲むべきか考えて動きを停めている。デートはしたいが、このチャンスをみすみす逃して良いものか。これは、太陽神が日頃労働に勤しむ自分に与えたもうたなにか大変なご褒美では無いのか。それを無下にするというのも。などと、普段考えないようなことまで考えながら、手ではゆっくりとなまえのジャケットを引き上げていた。「やめろっての」なまえにはもう余裕が無さそうだ。

「誰か助けて……今助けて貰えたら間違いなく好きになる……」
「待て待て待て、よしわかった俺が何とかしよう」
「部長はもう手遅れですよなにもかも」
「なに……?」

「今更何をされたってどうしようもありませんよ」なまえは盛大にため息をついて、依然大黒の肩を押している。狭く苦しい箱の中で二人きり。今にも迫ってきそうな壁の圧迫感にも負けず、二人でいる。
気持ちが通じているとは言えないが、こんなに近くで密着していられることなどそうそうない。
少し息をするだけで、彼女の香りが肺に満ちる。
彼女の熱が、じわじわと大黒の中に溶けていく。
これは。

「ああ」

より強く彼女を抱きしめる。深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。これはこの言葉に尽きる。

「いっ、なんですかもう!」
「幸せだ。離れたくない」
「だから、」
「この多幸感を君にも分けてやりたいんだが、なかなか難しいな」

なまえが怖々顔を上げた。近い。大人しくしておいてデートに行きたい気持ちもあるが、やはり、こんな状況で何もせずに耐えるなんて勿体ないにもほどがある。そもそも、デートなんかしてもここまでの展開にはならないだろう。何としてでも口説き落とす自信はあるが、それも、一体いつになることやら。
大黒はなまえを持ち上げるように力を込める。

「あー……、なまえ、もっとこっちに、」
「なにしようとしてんですか!」
「キスだが。もうこの気持ちよさを伝えるには君を物理的にとろとろにする他ないだろう。大丈夫だ。直に何も考えられなくなるし、これは事故のようなものだからな! 存分に気持ちよくなっていいぞ!」
「やらせてたまるか……! これ以上喋るならさっきの話はなしですからね……!」
「デートになんか誘って俺をこれ以上幸せにしてどうするつもりだ!?」

狭い箱の中でお互いの声が反共するのもいいな、と大黒は呑気に構えていたが、このままではまずいと焦ったなまえが叫ぶ。

「うるさいな! 私だってそんなに毎日口説かれたら絆されそうで大変なんですからね!」

それはたぶん、叫んではならない言葉だった。
「あっ」なまえははっとして口を閉じるが、言葉はもう外に出てしまっているし、大黒もそれをしっかり聞いていた。

「……絆されそうなのか?」
「今のなし」
「絆されそうなんだな!?」
「なしです。何も言ってない」
「そうと分かれば君の言う通りにしよう。黙って大人しくしていればいいんだったな?」
「あーあ……」

土曜日はデートだな、と言いながらなまえの体を抱き寄せた。下は全く収まっていないが、大黒はもうそれ以上の事をしようとはせず、ただただニコニコと笑っていた。

「なまえ」
「なんですか」
「君が好きだ」

時々どうしても言いたくなるようで、その言葉をなまえは何度も二人きりの閉鎖空間で聞かされる。

「知ってますよ……」

十三回目を聞いた時、ようやくおかしな空間から解放された。時間経過で出られるようになっていたらしい。「なんだったんだ」となまえは項垂れ、大黒はうきうきと次の土曜日の話をはじめた。


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20210124:幸せにな…

 

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