A Bariety of.../大黒


※視点がモブだしちょっと喋る

俺の同期は結構とんでもない。なんというか、この世界にきっと怖いものがないのだろう。
だから、軽率に先輩に頼まれたからとそれだけの理由で、あの大黒部長に『今度の飲み会部長が奢ってくださいはーと』なんてメールを送れてしまうのだ。
そのくらいの悪ふざけは許される範疇だとは思うが、何がやばいってこの件について、部長がそのメールを見るなり「フゥ…」と特別に息を吐き、意味ありげな視線を彼女に投げたことである。彼女はと言えば呑気ににこりと笑っているが、俺にはいろいろ見えてしまって胃が痛くなってきた。
大黒部長は、それはきっと計算され尽くしたポーズなのだ。悩ましく吐きだした自分の呼気を受けるように、あるいは彼女に飛ばすように空に美しく指を添え、ぱちりと片目を閉じてみせる。「まったく…」部長の口は動いていないが声が聞こえるようで、俺は一人でゾッとした。

「君のワガママには困ったものだな」

部長は喋っていない。だが、絶対そう思っているに違いない。彼女は仕事に戻っているが、大黒部長はすっかりその気になって、二時間後には飲み会会場の変更と、会費は一切必要ないと連絡があった。



飲み会は大いに盛り上がった。なにせ店の料理はどれも美味いし、あの大黒部長の奢りである。そして、これが一体誰の功績であるかをよく分かっている先輩方は彼女を部長の横に座らせて自分たちは好き勝手に飲んでいる。
彼女は時々別のところへ行きたそうにするのだが、部長と言うよりは周りの連中がそれを許さず、結果、ずっと部長の話し相手をし、グラスが空いたら酌をしている。そんな風にしたらまた勘違いされるぞ、と俺はヒヤヒヤしながら眺めていた。
なんとかしてやりたいような気がするが、邪魔をしたら殺されるのでは無いだろうか。ただ、何を話しているのか気になってそっと、二人の近くの料理を取りに行くふりをして会話を盗み聞く。今ちょうど、部長が一人でとても盛り上がっているところであった。

「俺と結婚すれば世界の半分をお前にやろう」

俺は何も飲んでいなくて良かったと思った。なにか口に含んでいたら間違いなく吹き出している。彼女はどういう顔で聞いているのかと思わず確認すると、きょとんと目を丸くして、不敵に笑い、招くように手を上に向け、自分を見下ろしてくる大黒部長を見上げていた。その内、「あはは」と彼女が笑う。

「それ、面白いですけど、普通にプロポーズに使ったらドン引きですよ」

「あはははっ!」彼女は周囲の空気が凍りついたことに気が付かず、一人でけらけらと笑っている。酔っぱらいの気合いの入った冗談と受け取ったらしい。周りは先程までの空気を維持する為に必死になっており、二人の様子を改めて確認している奴はいなかった。だからきっと俺だけが見た。

「…十分に、実現可能だと思うんだがな?」
「あははははっ!」

ここまで笑われて大黒はようやくポケットに、今彼女の前に出そうとしていた指輪をしまい込んだ。よしよし。はやまってはいけない。彼女の言動に深い意味はないし、こんなところで勢いでプロポーズなんてするべきではない。
最も、断れない雰囲気にすることが目的だったのだろうが。
俺はひとまず安心した。彼女の対応は会場を凍りつかせたが、彼女自身を守るためには非常に有効であった。
もしうっかり社交辞令で「世界欲しいなあ!」なんて言っていたら、どうなっていたか。考えるだけで恐ろしい。



ある日、俺は周囲を警戒しながら同期の彼女に話しかけた。部長が彼女に気がある(どころかゾッコンである)と気がついてから部長に目の敵にされないように最大限の注意を払っている。最近広報課でもあったが、上司という生き物は、割と理不尽に人を吹き飛ばす。

「なあ、お前さ」
「うん?」
「大黒部長に、甘えて来いって言われてもやらない方がいいぜ」

俺はなんて良い奴なのだろう。自分の身の危険も顧みずこんなことを言ってやるなんて。仕方がない。ただの同期と見せかけて俺と彼女とは案外仲が良いのである。
俺がこんなにも勇気を振り絞っているのに、彼女は首を傾げている。

「なんで?」
「部長がガチだからだよ」
「部長がガチ? なにそれ面白い」
「笑い事じゃねえわ」
「あはは、ふふ、君ははじめて会った時から面白いよね」

危機感の欠如。防衛本能が働いていない。俺は必死に、何とか話を聞いてもらおうと彼女の肩を揺する。彼女は呑気に笑うばかりだ。

「俺の話を聞け」
「うーん。部長がガチって?」
「お前のガチ勢だからって意……」

彼女の笑い声が聞こえたからだろう。
大黒部長が部屋の隅で、じ……と、こちらの様子を伺っている。あれは犯罪者の目だ。彼女の前では決して絶やさない笑顔はどこへ行ったのか。唇にやや力を入れて引き結んでおり、あれが開いた時が俺の人生が終わる時であろうと思う。決して日の当たらないじっとりとした場所から、俺が一番苦しむ左遷先について考えているに違いない。顔の八割に影を落として、俺を疎ましそうに睨みつけていた。

「それってどういう意味?」
「……」
「ねえねえ?」

俺、終わったんじゃ。いやいやまだ諦めてはいけない。俺にはまだこの最強の同期がいる。こうなれば彼女にどうにかしてもらう以外に方法はない。

「頼みがある……」
「ええ? 部長の話は?」

俺は首を左右に振った。部長のことなんていい。今は自分が生き残ることの方が大切だ。

「今すぐ部長のところに行って、広報課の横暴無茶振り中華半島左遷事件について話してきてくれ。そういう勝手な上司ってありえないって言ってきてくれ。頼む。お前が上手くやってくれれば俺は明日もここに来られる」

来ない方がいいのかもしれないが。俺はそう彼女に頼み込んだ。彼女はよく状況を理解していない(ように俺には見える。しかし最近わざと分からないふりをしているのではと思うこともある)顔をしていたが、すぐににこりと微笑んで、力強く頷いた。

「ふーん? わかった」

俺はしばらく部長に死ぬほど睨まれたが、被害は予測出来うる最小限出会ったと言える。ありがとう。助かった。……いや俺は何も悪くないんだが。



あの日から俺はことある事に部長に呼び出されている。彼女と仲が良いと知られた日から、彼女の情報を寄越せと大変にうるさい。あまりにうるさいので大体教えてしまった。赤色が好きで花は薔薇が好きで、好きなタイプはサプライズしてくれる人。大抵の事には答えられたのだが、答えてしまったが故に「なぜ知っている」と怒られることもしばしばあった。言っても怒られるし、言わなくても怒られるのである。
今日は何を聞かれるのかと思ったが、何も聞かれずひたすら彼女のどこがどれだけかわいいのかを熱弁された。拷問だった。

「ほら、これを見ろ」
「なんですか」
「彼女から貰った書類だ」
「はぁ」

それって結構前の日に彼女が部長に印鑑を貰いに行ったやつじゃないのか。そろそろ印鑑押して返せって文句を言い出す気が……いや、この人はそれが狙いか。
部長の脳内では彼女との過去のやりとりとこれからの妄想がふわふわと湧き上がって反芻されているようで、一人で勝手に幸せそうに照れている。楽しそうでなによりだが、みているこっちが恥ずかしくなる顔をしている。頼むから他の人間に迷惑をかけるような恋はしないでくれ。「それにしても」

「もうすぐ彼女の誕生日だな」

「楽しみだ」俺はなんだか嫌な予感がしたが、正直俺程度ではどうしようもないので、どうか彼女と、彼女が無理なら俺だけでも無事であるようにと太陽神に祈った。ラートム。



どうしてこんなことをしてしまったのか。俺にはさっぱり分からない。
本日、彼女の誕生日にデスクを覆うバラの花。
出社してリアクションに困る彼女の目の前には得意げな大黒部長。
見渡せば目をそらす同僚達。
大好きな花が大嫌いになりはしないだろうか。俺(や、他のみんな)が気にする中で、部長はにっこりと笑って、さらに腕の中の薔薇を彼女の上に降らせた。むせかえるような匂いがここまでしている。

「ハッピーバースデー! さあ、今日はめでたい日だからな! 二人きりで食事でもどうだ? 二人きりで!」

ようやくことの深刻さに気づいたようで、彼女はあんぐりと口を開けて驚いている。引いているのかもしれない。こんなことになるまで俺の忠告を聞かない方が悪い。他人のフリをしようと目をそらすが、逸らした先にメールの通知が見えた。

『助けて』

やめろ俺にはどうにもできない。あっ、おい、視線をこっちに向けるな。もうきっと次は誤魔化せない。俺が左遷されてもいいっていうのか。コラ、こっちに来るなってば!


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20210122:クチアシさんの素敵夢絵をもとに好き勝手やらせて頂きました…ご許可頂いてありがとうございました…!

 

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