同期の黒野くん/黒野


「お前は何をそんなに黒野に懐かれているんだ?」とは大黒部長が私に対して、爆笑しながら言った言葉だ。どのタイミングで言われたのかは忘れてしまったが、黒野くんがなにか、私に対して、様子のおかしい反応をしたから言われたのだと思う。
黒野くんは今日も様子がおかしかった。

「今、何を考えている?」
「黒野くんのことだよ」

「ちょっと来い」と、突如執務室に現れた黒野くんに引きずられながら、倉庫に押し込まれて、黒野くんが覆いかぶさってきた。変な意味ではない。文字通り、覆いかぶさっているだけでそれ以外におかしなことはなにもなかった。それが充分おかしなことである気もするが、私は慣れてしまっていた。

「どうしたら仕事に戻って貰えるかなって」
「なんだ。そんなことか」

「気が済んだら戻る」とろとろと目を細めて頭を押し付けてくる。右手の手首を黒野くんに掴まれて、無理やり頭を撫でさせられている。彼は気持ちよさそうに足を絡めてきて、腕は私の背に回った。少し苦しい。抗議しようかと手の動きを止めると、ぎゅ、と更に力を込められた。

「オイ、手が止まってるぞ」
「よーしよしよしよし、黒野くんいい子ねー」

ふ、と締め付けが緩んで、私の体の凸凹にちょうどハマる位置を探して自分の体を押し付けてくる。今にもごろごろと喉がなるのが聞こえそうな、深い呼吸音がずっとしている。リラックスしているのはいいのだが。

「君、本当にこれでいいの?」
「正気に戻るな」

「もっと俺を愛してくれ」恥ずかしげもなくよくもそんなことを。黒野くんはこうなると何を言っても退いてくれないので、私は深く考えずに言われるままに彼を甘やかす。
とは言えそろそろまずいんじゃないか。仕事中だということを忘れてはいけない。ちらりと携帯電話を確認するとちょうど大黒部長からメールが届いていた。黒野くんに用事があるらしい。それにしてもこのメールを私の携帯電話に送ってくるあたり流石は部長だ。

「黒野くん、部長が帰って来いって」
「……嫌だ」
「一分以内に行かなきゃ左遷だって」
「それは困る……」

黒野くんはのそのそと起き上がりながら私の首やら輪郭やら目じりやらに唇を押し付けて、まるでマーキングされているみたいだな、と笑ってしまう。これだけくっついていたから、匂いも、さぞ、うつってしまっていることだろう。黒野くんは億劫そうに私から体を離して溜息をつく。

「ほら、がんばれがんばれ」
「俺は結構、がんばっている」
「そうだね」
「がんばっている男、好きだろう?」

「そうだね」私が先に立ち上がって、黒野くんに左手を差し出した。黒野くんは素直にその手を取った。自分から立つ素振りがないので力いっぱい引っ張って立たせると、彼はぎゅうと私を腕に閉じこめる。「よしよし」大丈夫、と背中を数度叩くと、黒野くんの体から余計な力が抜けていく。

「……黒野くん大好きって言ってくれ」

「それを聞いたら、三日はなんとかなる 」黒野くんはぼそぼそと私にしか聞こえない声で言った。たぶん、三日は無理だろう。もっても二日だ。それでも、私の言葉が彼の足しになるのならいい。いくらでも言ってあげよう。

「黒野くん、大好きだよ」

黒野くんは「俺も好きだ」と、またまた私を抱き締めた。一分はすぎている気がするが、いいのだろうか。まあ、きっと何とかなるのだろう。部長だって黒野くんのことは気に入っているし、そうそう左遷したりなんてしないはずだ。
体がゆっくり離れていく。最後に黒野くんは名残惜しそうに私の左手の薬指を撫でて、もう一度「俺は、本当にお前が好きだ」と言った。
それからしばらくじっと見つめあってから、彼は仕事に戻る。分別があるやらないやら、わかっているやらいないやら、よくわからないが、大事にされているのは痛いほどわかる。

「……いや、二日ももたないか」

きっと飽きもせず、明日もせっせとやって来るのだろう。
まったく。しょうがない同期だなあ。


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20210119:使用例

 

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