罪状:抱えきれない程の優しさend


「ちょっと、ジョーカー。僕にだけ働かせて自分は夜遊びかい?」
「あ?」
「その、右腕のところ」

「あー」しまった。普段は見えない様に気を付けていたのに、こいつとも付き合いが長くなってきたせいで気が抜けていた。「これはそういうんじゃねェよ」天才科学者サマは信用していないらしく「へー?」と疑わし気に言葉尻を持ち上げる。

「これは、自分でつけてんだよ」
「……えっ、なんで?」
「なんでもいいだろうが」

話してやっても良かったが、まだ、自分の中だけに仕舞って置きたくて逃げるように部屋を出た。話してしまったら、綺麗な思い出になってしまいそうで、俺はなまえと過ごした一年間について、まだ、誰にも話したことはない。
ただ、毎朝、腕についているこの赤い印を見る。なまえがつけてくれたものは一週間程度で消えてしまったけれど、消えてしまったら自分で付け直して、変わらずそこに残っていれば軽く唇を押し当てる。

「……」

そんな日々を、何年続けているのだろうか。
やめてしまおうと思ったこともあったけれど、結局俺は、たった一つ、なまえがこの体に残してくれた印を捨てられない。目が覚めたら隣に居る。町を歩いたらそこにいる。本当に疲れた時に「大丈夫?」と声をかけてくれる。そんな夢を、ずっと見ている。

「まあ、実際問題、本当にあいつがここに現れたら」

昔よりはなんとかなるだろうが、それでも、俺の傍は危ない。いつ何時、誰に狙われるとも知れない場所だ。もし会えても、突き放すのが正解だ。考えない様にしているのに、なまえはいつでも俺の思考に現れる。
鏡を見ては、この左目をあいつが見たらどう思うか、と考えてみたり、煙草を吸ってはあいつは煙草は嫌いだろうかと考えてみたり、背について、髪について、服装について。そして、人を殺す時。

「……立派な大人、では、ねェよな」

そんなものに興味も感心もないしなれるはずもないのに、会えもしない一人の女のことを考えて、勝手に、その辺を『普通に』歩いている奴に引け目を感じたりする。ああ駄目だ。やっぱり話せるわけがない。こんなもの、どこをどう控えめに見ても恋以外の何者でもない。

「なまえ」

記憶は鮮やかで、きっと脳の特別な部分に格納されているに違いない。けれど、手のひらを見つめては考える。俺はお前に堂々と会えるような人間じゃねェよ。届かないとわかっていながら繰り返す。だから、あの約束は別に果たさなくてもいいぜ。知らない誰かと幸せになっていい。そもそも、無理な話だ。なんの力もないお前が。こっちの世界に来るなんて。どんな無茶をしたってきっと、叶わない願いだ。だから、俺に申し訳なく思う必要は一切ないんだぜ。なあ。なまえ。お前のことだから、きっと何年経ったって、俺の部屋はそのままで、俺の飯も毎回用意してるんだろ。そんなこと、明日にだってやめていい。俺だって、今となってはそんなに想われちゃ、重たくって仕方がねェしよ。お前じゃねェが、大丈夫だ。俺はもうガキじゃねェ。勝手に、適当にやれるさ。なあ、だから。

「会いてェな……」

……あーあ。はやく探しに来いよ。ばかやろう。



52がこちらに現れなくなってから、五年が経過しようとしていた。
五年も経てば、生活もそれなりに一人だった頃に戻る。誰も居ない部屋に「いってきます」と言って家を出る。カーブミラーに映る自分は今日もしっかり手入れされているように見えた。52がくれたものは今も大切に大切に育てていて、世間で流行している化粧品やファッションの話も難なくできるようになっていた。
私はふわりと巻かれた毛先を撫でて会社へ向かう。履いているパンプスは52からのプレゼントだ。かなり良い靴らしく、何度も手入れして貰って今もまだ現役である。その他服や香水も、長く使わせて貰っている。正直じっと見ていると泣いてしまいそうになる日もあるけれど、それでも、使っている。
マフラーもコートも52が選んでくれたブランドもので、どこに着て行っても「センスがいいね」と褒められる。「貰ったんです」と言うと必ず「彼氏から?」と聞かれて、私ははじめこそどう答えたものかと悩んでいたが、今は間髪入れずに「はい」と返事をする。そうなると今度は「結婚しないの?」と聞かれたりするわけだが、それには「ノーコメントで」とにこりと笑う。
ただ、事情を(なんとなく)知っている元恋人は「まあ、お前はそう言う奴だな」と呆れ返っている。
それにしても今日は冷える。そろそろ手袋もしていこうかと両手に息を吹きかける。一瞬だけ手のひらがあたたかくなって、白い息が空気に溶けていく。それをぼんやりながめていると、一層冷たい風が吹き抜けて……。

「……えっ?」

五年間、探し続けた炎のにおいが、確かにした。



私は風を追いかけるように走り出し、そして、自分の会社のビルの前に辿り着いた。

「これ、は……」

どういうことだろうか。思いながらビルに入り、においの強いところを探す。一応始業の時には席に座っていたが、書類を適当に手に取り、用事があるフリをしてそこら中を歩きまわった。別の階にも行ってみたが、上の方や下の方ではわずかににおいが薄くなる。丁度、私の会社があるあたりか、その少し上くらいがにおいが強い気がした。
昼の休憩時間に差し掛かっても私はぐるぐるとビルの中を歩き回り、歩きまわっていると――、警報が鳴った。けたたましいサイレンの音は、避難訓練の時に聞いたものと同じだ。と言う事は、何処かで火事が起きたのだろうか。ざわつく周囲の人たちは、まずは誤報を疑って、しかし、数秒後、何かが爆ぜるような音が聞こえ、ビルが大きく揺れたせいでパニックになった。

「えっ、ば、爆発……?!」

声は近くに居た女性のものだが、それを聞いて真っ青になる人たち。ようやく、我先にと非常階段へ向かった。私は走り出した人に弾かれながら、上を見上げた。音は、上からだった。私は人の波が非常階段に吸い込まれるのをしばらく見守って、それから音のした階を探した。
ただ、炎のような、灰のような、あのにおいの強い方へと歩く。
ここは目的の階で間違いないらしい、煙を吸い込まないように姿勢を低くして進んでいくと、倉庫らしい部屋の中から声がした。

「たすけてくれっ!」

どんどん、とドアを叩く音がする。ドアが歪んでしまったのだろうか。だとしたら私に開くかどうか。しかし、IDカードを翳すとすんなり開いてくれた。見れば、外部の人で逃げ遅れてしまい、扉を開ける術がなかったようだ。
中から出てきた作業着の男の人はほっと息を吐いて、それから慌てて姿勢を低くした。

「大丈夫ですか? 歩けますか」
「ありがとう、君もはやく」
「いえ、私は」

男の人は私の手を引こうとしたが、私はその手をそっと外した。
この人のいた部屋の更に奥に行かなければならない。

「先に、行って下さい。大丈夫。私は、大丈夫ですから」

「大丈夫って君な!」言いながらも、もう一度破裂音がすると、男の人は私の事を気にしながらも非常階段へ向かった。よかった。行ってくれなかったらどうしようかと思った。
私はまたゆっくりと先に進む。
思ったよりも人が少ないのは、昼の休憩時間だったからだろう。誰も被害に遭っていないといいのだが、これだけ派手に音がしているのだから、結構な火事になってしまっているのだろうか。アナウンスはさっきまで断続的に放送されていたが、今はもう聞こえない。
動けなくならないように、煙を吸わないようにしながら前へ。
ああ。あの人の目には、私は完全に狂人か、この火事の犯人のように映ったかもしれない。そう思うとこんな状況だと言うのに笑ってしまった。
三度目の爆発音と一緒に、周囲の天井が焼け落ちた。降って来た瓦礫から、炎が辺り一面に広がっていく。立ち上がるが、何も見えない。どっちから来たんだっけ。けれど。
――ああ、懐かしいにおいがする。



十一月三十日正午、○○市のオフィスビルで火災があり、火はおよそ十時間後に消し止められましたが、五階層が焼け落ちました。警察によりますと、男性一名が煙を吸って病院に搬送されたということです。その他ビル関係者に怪我人は確認されていませんが、現在もまだ、出火現場付近の階層で勤務中だった女性社員一名の行方がわかっておらず、警察は、女性の安否確認を急いでいます。出火原因は不明とされ、現場では、不審な人物の目撃証言や、出火の原因になるようなものがなかったか、聞き込みを続けています。
なお、行方不明となっている女性は、みょうじなまえさん。

みょうじなまえさんの行方は、未だわかっていません。


<罪状:抱えきれない程の優しさ>
END
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20210101
ここまで読んで頂いてありがとうございました!
(あとがき

























































...to be continued!
(...かもしれない)

 

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