折れて曲がって飛び越えて2


「バカじゃねェか」

きらきらした目で紺炉を見つめる横顔にそう言ったのを覚えている。その時はまだ、「誰がバカ?」と笑っていたのに。



「……仕事だからですけど」

なまえは俺を半ば睨み付けるようにしながらそう言った。その反応と、他人行儀な話方が気に入らない。……原因が俺にあることはわかっている。だが、ムカつくもんはムカつく。わざと遠ざけるように話すこいつが気に入らない。

「目障りだ。済んだらさっさと帰れよ」

失礼しました、と頭を下げて去って行くなまえの背に舌打ちをする。と、頭に手刀を入れられた。紺炉は呆れ返ってでけェ溜息を吐いていた。打たれた頭が地味に痛ェ。

「若」
「なんだよ」
「若!」
「……チッ、わかってる」
「本当にわかってるか? この機会逃したら次はいつ会えるかわからねェんだぜ?」
「わかってる」
「ならさっさと追いかけて謝って来い。できるな?」
「ガキじゃねェよ」

「絶対だな?」「ああ」「練習していかなくていいか?」「うるせェ」俺が言うと、紺炉はまた溜息を吐いた。
なまえはすぐ近くで作業していた。俺と対峙していないときはにこやかだ。久しぶり、なんて挨拶をしていたりする。そして、第八の連中とは当然ながら親しく言葉を交わしている。あの眼力眼鏡、なまえに近すぎやしねェか。……いら、とまた感情が揺れる。
俺はゆっくりなまえに近付いて、声をかける。

「おい、」

絶対に聞こえているはずなのに、なまえはわざわざ聞こえなかった振りをして足元の瓦礫を掴む。

「この瓦礫、向こうに持って行きますね」
「……」

歩き出したなまえのやや後ろを付いていきもう一度。

「おい」
「ああ、その作業、手伝いますよ」
「……聞こえてんだろ」
「丁度いいところに。シンラ、これお願い」

この女はッ……!

「無視してんじゃねェ」

なまえに非がないことはわかっているし、なまえのささやかすぎる抵抗の原因も全て俺にある。俺がなまえにキレられることはあっても、なまえが俺にキレられる必要は一切ない。……わかってはいる。わかってはいるのだが。
つい、目の前で揺れる、髪を掴んで引っ張ってしまった。「痛ッ」なまえが迷惑そうにそう言う。しまった、とそういう気持ちも確かにある。ガキみてェな八つ当たりだ。
なまえはまた不機嫌な目で俺を見上げた。

「なんですか。新門大隊長」

クソ。
紺炉の言葉が頭を回る。「謝って来い」「なまえだって本当はわかってるはずだ」「この問題は若が一言謝りさえしたら片付くんですぜ」……、許される気がしなくて黙り込む。
ぱか、と口を開けて、言葉。

「邪魔なんだよ、退け」

出て来た言葉はそんな憎まれ口だった。
なまえは居心地が悪そうに俯いた後、言われた通りに道を譲った。
なんでそうなるんだ。

「はいどうぞ」
「……チッ」

昔からそうだ。なまえは俺へ反撃しない。
こんな状況だって言うのに、喧嘩すらさせてくれやしねェ。



はあ。
と私は大きく溜息を吐く。
変わってない。
だから嫌だったんだ、浅草に来るのは。
紅丸からの暴言は数えだしたらキリがない。単純な「バカ」「阿呆」から始まり、「髪型がだせェ」「料理の味付けが濃すぎて吐きそうになる」「顔がムカつく」「髪飾りのセンスがあり得ねェ」などなど思い出すだけで腹が立ってくる。
何故そこまで言われなければならないのか。
本当だろうが嘘だろうが、正面切ってそんなことを言われれば傷付くということが何故わからないのか。

「はーあ……」

……帰りたい。
もうメンタルがゴリゴリに削られた。
なんで仕事中に幼馴染から罵倒されなければならないのだろう。三回目の溜息を準備しているところで、私の癒しの一人が声をかけてくれた。

「なまえ」
「ああ、紺さん。ここの大隊長、相変わらずですね」

私が言うと、紺さんは「いやあ、はは」と困ったように笑った。

「まあ、その、紅、紅もな。心の準備さえできていればもうちょっと本当のことを言えるんだろうが……。悪いな」
「紺さんが謝ることじゃありませんよ。それより、浅草は変わりなさそうですね。よかった」

さあ、と焦げた匂いの風が通りすぎていく。
二人揃って空を見上げた。

「特殊消防隊に入ってたんだな」
「……オウビ大隊長に誘ってもらいましたからね」
「灰島はよかったのかい」
「あそこはとんでもない変態がいるので大分気が滅入ってたのもあり……、まあ、今でも時々呼び出されて手伝ってるんですけど……、いや、それよりも、やっぱり、あれですよ、」

握りしめた決意が跳ね返されて落ち込んでいても、誰かを助けていたくて一人でふらふら歩いていた。自暴自棄にはなりたくなくて、できることを探していた、そんな時だ。
オウビ大隊長と、火縄中隊長に会って。
――世界を見据えた真摯な目を覚えている。

「真正面から必要だって言ってもらえたのが嬉しかったんですよね」

灰島も私の能力を買ってくれていたようだが、あんなにキラキラした目をしていたのは子供達くらいだ。……その子供達も大分危うかったけど。ともかく、人体発火の謎を解き明かすのは、その子供すら救うことに繋がる。
今の私に後悔はない。
迷いもない。
生まれた場所に帰れないのは、少し、寂しいだけで。

「……なあ、なまえ」

紺さんがそっと私に声をかけてくれる。
のだが、その先続くはずだった言葉はどこから近寄って来ていたのか、紅丸によって遮られる。「なまえ」

「!」
「……」

こうなれば紺さんは紅丸を優先する。私も紅丸からの言葉を待つ。
どうせろくでもないことだ。
大きく息を吸い込む。いかなる暴言にも耐えられるように、吸い込んだ息を心に巻いてクッションにする。

「……何か?」

何を言われても、平気だ。

「今度は紺炉の邪魔か?」

……平気。

「……失礼しました。作業に戻ります」

今日の手伝いが終わったら、みんなは第七の詰所へ行くようだが、私はマッチボックスに帰らせてもらうことにしよう。



なまえの寂し気な背を見送った後、紺炉は俺の両肩を掴んで、真剣な顔で俺を見下ろした。

「……若」

肩を揺すられて、俺はされるがままにがくがくと揺れる。

「若!」
「……わかってる」

わかってる、と繰り返す。
今日に限ったことではない。
今までなまえが居れば円滑に進みそうなことがいくらでもあった。その度に、俺と紺炉は呼び戻すべきと話したのだが。
今となっては、話しただけだ。
電話もしようと思えば出来たし、手紙を送ることもできたのに。
……クソッ……なんでこうなっちまうんだ……。

「第八が帰るまでになんとかして下さいよ……」
「……」

ああ、と返事をした。もうあいつとはこれでいい、とは思えなかった。

あいつも。いい加減、怒ればいいものを。なんて。
……勝手すぎる、か。


-------------
20191108:冗談じゃ済まなくなって久しい


 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -