その勝負に勝ち目はないB/大黒


「その服……、とんでもなく似合うな……ッ!」
「そんな死にそうな声で言われても……」

今日もなまえは俺と二人きりの休日を返上して出かけるそうだ。
「本当にいいな」「ちょっと、良すぎるんじゃないか」「この、太もものところが悪魔的で」服装に口出しできなくなった俺はなまえを褒めたたえながらどうにか、その服装のまま外に出て欲しくないアピールをする。時々(本当に時々だ!)着替えてくれることもあるが、大抵は「ああ、はいはい」と無視される。今日のは黒いタイツの透け具合があまりにも男を誘惑するのでどうにかして欲しかった。遊びに行く相手が女友達でなければ発狂している。なまえは無表情で「はあ」と溜息を吐いた。

「ん? 気分が優れないか? それなら無理に出かけずに今日は家でゆっくり俺と」
「いや、本当に面倒だなと思って」
「褒めているだろう!? 面倒がらないでくれこんなことを」

そもそも、俺がこうも色々言うのは、彼女の格好に原因があるわけで。外行用の服を俺に選ばせさえしてくれたら何も言わないで済む。なまえもそれがわかっているからかそれ以上は文句も言わず俺の言葉を受け流していた。流すな。俺を悪戯に心配させてくれるな頼むから。
なまえの周りをちょろちょろしながら、なまえが根負けするのを待っていると、見慣れないメイク品を棚から出してぱかりと開いた。ブラウンやグリーンのアイカラーパレットと、それに合わせてチークやリップが二種類ずつくらい収納されていた。使い勝手が良さそうで、何より、彼女に似合いそうな色ばかりだった。彼女には、ピンクや鮮やかな赤のようなハッキリした色よりも、ブラウンやゴールドのような大人っぽい、大人しい色の方がよく似合う。

「買ったのか?」
「うん。この間、友達と一緒にデパートで。クリスマスコフレってどうしてこうもかわいいんだろうね。めちゃくちゃ迷ってこれにした」

そういうものは言ってくれればプレゼントするのだが、彼女は俺に何かを貰ったりするのを嫌がる。曰く「恩着せがましい」らしい。恋人に対して使う言葉ではない。純愛だ。これ以上ないほどの。少し怒ると、なまえは「具体的に言うと、わざわざ先行して気にするなって言うところとか、買って来た時に毎回君が喜ぶと思ってって言うところとか」と言い始めたので俺はすかさず黙った。このまま続けるとろくなことにはならないと判断した。おそらくあのまま言い合っていたら俺が傷付くことになっただろう。「よし」

「いい感じ」

なまえは会社に行く時よりもバッチリとメイクをしていた。俺は思わずなまえの肩を掴む。なまえは避けようとしたが失敗していた。

「ちょ、っと、待ってくれ」
「うん。待たない」
「待ってくれ」

瞼に乗せられた奥行のあるブラウンはベーシックだがあたたかみがあり彼女の瞳をくっきりと美しく見せていた。チークもまたブラウンで統一されているわけだが、これが彼女の頬骨に沿ってふわりとつけられていてどこまでも柔らかい印象を与える。唇はややくすんだ、これは広く捉えればブラウンなのだろうか。どちらかと言えばオレンジっぽいが、これがまた。いつもは乾燥するからとつやつやさせているのに、今日のはマットな質感で、いや、こんな、こんな自然派で落ち着いた美人が他にいるか? 瞼の一番高い位置に薄く散らされたゴールドがキラキラしている。よく見たらマスカラも変えたのだろうか。睫毛の一本一本が彼女の無敵の眼差しを引き立てていた。

「く」

「く?」なまえは一応俺の言葉を聞いてくれる気はあるようでそう繰り返した。なまえに聞いてくれる気がある内に言う。

「国が傾く……ッ!」
「傾いてたまるか」
「そんな顔で外を出歩くのか!」
「悪口じゃん」
「どこをどう聞いたらそうなる!? そんなことよりなあいつものメイクに戻さないか?」
「いや、これ、いいと」
「いいから言っているんだ! わかるか!? 良すぎるから! 言っている!」

がくがくと肩を揺する。「なんだそのきらきらしたやつは!? 君はそんなものなくたって素できらめいているんだから足す必要は一切ない!! 向上心があるのは良いことだが顔がいつもより小さく見えるのもどういうことだ!? 何? シェーディング? ハイライト? いつの間にそんな技術を身に着けた!? それ以上良く見せてなにをどうするつもりだ? 俺以外の何を吊り上げようと言うんだ? 俺の何が不満だ? いやいい、今日はいい。それはまた日を改めて聞くとして、とにかく今日はそのメイクをなんとかしてくれ。でなければこの手は離さないからな。いいか。絶対に、離さないからな」なまえは例のごとく面倒くさそうに明後日の方向を見ながら「あー……」と何やら考え込んでいた。

「わかっ」
「わかったなら行動で示してくれ」
「チッ……」
「そんな天使のような顔で舌打ちをするんじゃない温度差で凍りそうだ!」

なまえはじっと俺を見上げて、その内俺の手に自分の手を重ねた。こんなことくらい何度も経験しているのに、なまえに真剣な顔で見つめられると心臓が変な音を立てて跳ね回る。特に今日の彼女はかわいさのランクが三段階くらい上がっている。一体彼女は俺をどうしようと言うのか、ミルクチョコレートのような色をさせた唇が薄く開く。

「じゃあ、落とすから屈んで、目、閉じて」
「は……」
「はやく」

屈んではいけないし目を閉じてもいけない。そう思っているのに彼女の声は俺の理性という理性をどろどろに溶かしてしまうので、逆らえない。確かにキスをしたらやや口紅は落ちるだろうがそうではなく。そうではない。わかっているのに。彼女からのキスが欲しいばかりに俺は哀れにも彼女の言う通りに屈んで目を閉じて――。

「じゃあ、いってきまーす」

思い切り振り払われて逃げられた。
わかっていた。わかっていたが、なあ、なまえ、何かあってからでは遅いと思わないか。俺以上の男がそうそういるとは思えないが、万が一ということもあるだろう? そういう時に、男側からせめて、言い寄りにくい服やメイクにしておかないか? 俺の心の平穏の為に。これをそのまま伝えたとして、なまえはきっと「これが私なりのストレス解消なのに?」と返して来るのだろう。お前は恋人の心の平穏よりも自分の心の平穏を取るのか? と。責められるに違いない。

「……はあ」

せめて俺も、彼女に惚れ直して貰えるように努力してみるとしよう。不安で堪らないのは、俺が現在の立場に胡坐をかいてなんの努力もしていないからに違いない。手始めに、なにか彼女が喜ぶものでもプレゼントしよう。


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20201225

 

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