罪状、抱えきれないほどの優しさ14-3


かなり時間をかけて思い出したことがある。
あれは、あの女子高生は、時々図書館で見かけていたように思う。店にも来たことがあったかもしれない。気にしたことはなかったが、気を付けて思い出してみると、何度か会ったことがある。ちゃんと話をしたことは、たぶん、ない。

「好きです、か」

話をしなくても、相手のことがよくわからなくても、好きになることはできるもの、なのだろうか。俺にはわからないが、そういうこともある、と聞いたことはある。ヨシダなどはしょっちゅうそんなようなことを言っている。だから、言われていることはわかる。
そうすると次は、どうするか、という話になるのだろうが、どうするもなにも、俺はなまえのことが好きなのだから、付き合ったり、だとか、恋人になることはない。そもそも、俺のこの世界での立ち位置を想えば、恋愛などするべきでは。
するべきではない。
そう結論付けると胸が苦しくなるので、一度思考を放棄して、ソファに寝転がる。なまえはもうすぐ帰ってくるだろう。迎えがないことを、少しくらいは寂しいと思ってくれているだろうか。それとも、気楽だと、そう思うだろうか。
深く考えずに、なまえに話してみようか。話してみたい気もするが、絶対に知られたくないような気もした。なまえは何と言うだろうか。もしかしたら、俺が、あの男の存在を知った時と同じような気持ちになってくれるだろうか。
ああ、それにしても。

「好きです」

あいつはすごいな。



夢を見ていた気がした。起きた時気分が悪かったから、あまり良い夢ではなかった。俺は地下で暮らしていて、暗部の隊長に殴られて、そこで過ごす日々はクソみてェで、飯だって美味くはなくて。いいや、これは夢ではない。これは、俺の現実の話で。

「あ」

「おはよう。52」なまえは言いながら、慌てて何か、ちいさなものをテーブルの上に乗せた。乗せただけなので隠れてはいない。気になって確認すると、俺が貰った連絡先の紙だった。しまった。出しっぱなしにしたまま眠っていた。「なあ、それ」「女の子?」なまえは言った。――興奮した様子で、やや前のめりになって言う。

「もしかして、告白?」
「……」

そうだ。そんなんじゃない。どちらも駄目だ。ぐちゃぐちゃと心の中に何か黒いものが渦巻くのが見える。なんだこれ。わからない。耳を塞ぎたいのに、身体が上手く動かない。「どんな子だった?」楽しそうだ。なまえが楽しそうなのはとても良いことのはずだ。「52?」なまえは、何を。

「ねえ、もしかして、私と同じ制服の可愛い感じの女の子じゃ――、」

なまえは何を望んでいるんだ。

「うるせェよ!」

肩をつついていた指を思い切り叩いていた。俺がどんな気持ちになっているかわからないのか。それ以上はやめて欲しい。うまく思考できない。思ったよりも大きな声が出た。驚いているなまえを見て、また、なにがなんだかわからなくなった。俺が悪いのか。いいや俺は悪くないはず。けれど、殴ったのは。

「っ、」

俺はなまえに背を向けて自分の部屋に引きこもった。布団を被って丸くなって、目を閉じる。右も左も、下も上も黒。ドクドクと心臓が早く動いていて、不安で堪らない。なまえ。さっき拒否したばかりなのに、こんな時に名前を呼べる相手がなまえしかいない。助けて貰えるならなまえにがいい。けれど今は会いたくない。なまえ。枕に顔を押し付けて呟く。さっきのはなんだったんだ。なまえ。なまえ。なまえ。呼吸を落ち着ける為に、意識してゆっくり息を吸い、そして吐く。

「俺は」

ぎゅう、と目を閉じて自分の体を抱きしめる。きっと、疲れていたんだろう。おかしな男が店に来て、爆発する寸前まで苛つかされた挙句、よくわからないことも起こった。しかも後者はまだ解決していない。疲れていたから、八つ当たりのようなことをしてしまった。少し眠れば、きっともう少し、冷静に、考えられるようになるはずだ。



「あーあ」

やってしまった。私は電話番号のメモを前に途方に暮れる。ああ本当に。何故からかうような言い方になってしまったのか。しっかり謝ったら許してくれるだろうか。私は何度目かの溜息を吐いて、ようやく52の部屋の前に来た。
ノックをするが、返事はない。

「52?」

無視をされても当然のことをした。私はめげずにドアをノックする。「52?」やっぱり返事はないので「あけるよ」とドアノブに手をかける。くっと捻ると簡単に開いたのでほっとした。部屋を見回して52を探す。テーブル、窓、ベッド。見当たらなかったので、クローゼットも開けたが、いない。

「え?」

痕跡はある。ベッドの上にさっきまで居た風で、シーツが中央に寄っている。

「52……?」

全ての部屋を探して、それでもいないので外へ飛び出した。ヨシダくんや店長も心当たりはないと言う。二人も心当たりを探してくれたが、それでも見つからない。「嘘でしょう」こんなに唐突に。しかも、喧嘩みたいになってしまった瞬間に。「嘘」嘘であって。
52が元の世界に戻ってしまったなんて、まさか、そんな。


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20210101
10月編終わり。

 

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