その勝負に勝ち目はない/大黒


「いや正気か……?」

「じゃあいってきます」と慌ただしく自室から飛び出してきて、俺への挨拶もそこそこに家から出ようとしていた。急いでやったとは思えないくらいきっちりと髪をセットしている。彼女はどうすると自分が魅力的に見えるかということを熟知している。今日もたかだか友達と遊びに行くくらいで小綺麗にしたものだ(これを言うと女友達とだからこそ気合を入れるのだと怒っていた)。それにしても今日も良い感じだ。くまなく確認しておこうと視線を下にずらすとーー待ってくれなんだその服は。

「ちょっと待て」
「ごめん待てない」
「いいから」
「時間が」
「なまえ」

玄関でブーツのファスナーをあげる彼女の両肩を掴んで捕まえる。彼女は観念したように「なに?」と俺の顔を見上げた。
俺の目の前には、薄いセーターを完璧に着こなす彼女が居るのだが、まず視界に飛び込んでくるのは、彼女の胸だ。ふっくらと形の良い胸の輪郭がどこから見てもはっきりわかる。さらに下には黄金の曲線で括れる腰。彼女が軽く重心を移動させただけで計算され尽くした上向きのヒップが悩ましく揺れる。スラリとしたタイトスカートが余計にスタイルをよく見せているしそこから下は小悪魔の脚だ。黒いタイツがぴったりとくっついてむくみとは無縁の足の美しさを強調している。つまり、今日の彼女の服装は、彼女の体の線がすべてわかってしまうということだ。体の線が、すべて。

「それは」
「それ?」
「それはもう裸だろう……!?」

なまえの肩を数度揺すると「ああ」彼女はすっと無表情になって、左手をいつもより高く持ち上げて時間を確認した。彼女は体の隅々まで手入れをしているので腕も白くすらりとしている。乾燥と無縁の肌を見ればそこらのモデルなど裸足で逃げ出す。ついつい触ってしまいそうになる。俺がなるのだから他の男だって絶対になるし、女に飢えている卑しいやつの目に触れれば忽ち彼女は今夜のおかずにされてしまうことだろう。俺の知らないところで彼女の裸を想像され穢されるわけだ。なんとしても阻止しなければならない。
必死な俺を見ないふりで、彼女は体を捻って俺の手から逃れようとする。

「ごめん、行くから」
「待て! もうちょっとなんとかしてから行ってくれ!」
「うん、わかった」
「そうかわかってくれたか……、って逃げようとしてるじゃないか!」

「本当にわかった、わかったから。次からなんとかするから」声のトーンがどんどん低くなっていく。これ以上粘ると怒らせてしまうかもしれない。とは思うものの、例え怒られようともその服装はちょっと正気ではない。

「かわいくない? これ」
「何を聞いていた? かわいすぎるから言っているんだが?」
「ならいいじゃん、とりあえず今回はもう」
「いいわけないだろう」
「いいよね?」
「よくない」
「……はあ」

なまえは「着替えた方が早いか」と言いながらもう一度部屋に戻る為だろう。ブーツのファスナーをつまむ。

「よしよし。わかってくれて何よりだ。着替えは俺も手伝うし、待ち合わせ場所までは送って行ってもいいしな。君は何故かいつも嫌がるが、送り迎えくらいさせてくれたって罰は、」
「よっしゃ今だ」

ファスナーをつまんだだけでそれを降ろさず、俺がほっとしてべらべら喋り出した隙を突いて部屋から出て行ってしまった。弾丸のようなスピードで飛び出し、あれにはもう追いつけないし、捕まえられない。

「いってきまーす」
「コラ! 待てなまえ! ああそんな風に走って転んだらどうする!?」

俺の心配を華麗に避けてヒールのあるブーツで軽快に駆けて行った。ああ、そんなに走ったら、胸が揺れないか? 絶対揺れてるよな? おい、あのたかだか通行人Aのオヤジ、なまえを見てなかったか? だから言ったのに。クソ。帰って来たら説教してやる。
今回はどうやって言う事を聞いて貰おうか……間違いのない作戦を考えておかなければならないな……。


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20201218

 

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